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追熟と西洋梨の悲劇
  ●追熟

 お待たせしました、追熟です(これを知れば、西洋梨を10倍おいしく味わえる!?)
 果物は本来、樹の上で熟したものが一番美味しいとされていますが、洋梨は困ったことに、木に成っているときは熟してくれないのです。木から離して初めて成熟を始めます。ですから、西洋梨は未熟の青いうちに摘んで追熟をさせることになるのです。

 青いうちにとって追熟させるわけですが、青いうちならいつでもよいかというと、これがそうでもないようなのです。ほんの数日の違いで、収穫が早すぎても遅すぎても追熟がうまくいきません。

 最適期に収穫しないと、肉質が悪く香りが少ないだけでなく、果肉褐変などの障害も起きるそうです。日数も微妙で、その判断はかなり難しいようです。
 ところが、収穫時期だけでもかなりの問題なのですが、実は収穫後の追熟温度が最も重要な問題と言われています。

 西洋梨は収穫後1〜2週間は4℃ほどで冷蔵し、その後20℃ほどで追熟させるのが、腐敗も少なく、外観・品質共に最もよいようです。しかし、20℃で追熟するといっても、その温度が30℃を超えてしまうと追熟は行われないのです。30℃以上の温度に当てると追熟障害を起こして果皮も色づかず、肉質もザラザラで、独特の芳香も発しなくなります。

 そして、この西洋梨栽培の難しさが、日本の西洋梨の発展に悲劇をもたらしたのです。

  ●西洋梨の悲劇

  西洋梨が日本に伝わったのが明治時代、それから今日までにどれだけの月日が経っているでしょうか?
 その間、西洋梨は日本の食生活の中であまり注目をされませんでした。
 なぜでしょうか?
 日本人の口に合わなかったのでしょうか?
 答えはおそらくおいしい西洋梨が家庭まで届かなかったからでしょう。
 東北や北海道で西洋梨を食べたらおいしかったが、首都圏で買った西洋梨はおいしくなかったということをよく聞きます。

 昭和30年代に、西洋梨は生食にもよく、加工にも向くということで、山形県あたりで大量に生産され始めました、しかし昭和40年頃をピークにして年々減少していったのです。その理由は幾つかあります。

1 西洋梨は寒冷地の果物で、日本の首都圏は寒冷地ではなかった。
 追熟処理が不透明で、おいしい西洋梨がなかなか提供できなかった。
 日本で生産し始めた西洋梨の品種がバートレットだった(缶詰と生食の兼用種で、缶詰を食べた人が西洋梨とはこんなものと思いこんでしまった)。

 これらの要素が絶妙に絡み合ったのです。
 バートレットは早生の品種で、収穫時期が8月下旬〜9月上旬です。その頃の日本、それも首都圏の気温はどれくらいでしょうか。まだ暑く、30℃を超える日も少なくありません。
 追熟の重要性をもう一度思い出してください。追熟には温度管理が重要な役割を果たします。

 せっかく産地で美味しい西洋梨を生産しても首都圏に来る間に、また、首都圏内で追熟障害を起こしてしまうのです。それにその当時はまだ追熟に対して手探りの状態だったので、おいしい西洋梨はなかなか家庭までは届かなかったのです。

 これは、産地が悪いわけでも小売店が悪いわけでもなく、 ただただ悲劇だったのではないでしょうか。
 西洋では、西洋梨を台所や居間にインテリアとして飾っておいて、追熟した物からお菓子や料理に使っていくそうです。
それは日本とは違い、収穫時の温度が低く、追熟温度にそんなに注意する必要がなかったからでしょう。

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