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ミカン
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紀州蜜柑とハウスミカン
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ミカンと文学
特産加工品
団員の一言1996-97
ミカンと文学
万葉の歌……万葉集には橘の句が69首(うち花橘62首)ありますが、中でも大伴家持の句が20首に及んでいます
橘は実さへ花さへその葉さへ 枝(え)に霜降れどいや常葉の木
(聖武天皇)

たちばなのにほへる香かもほととぎす鳴く夜の雨にうつろひぬらむ
(山部宿禰赤人)

あやめぐさ花橘をおとめらが 珠貫(ぬ)くまでにあかねさす 昼はしめらに 
(大伴家持)

橘のにほふあたりのうたた寝は 夢も昔の袖の香ぞする
(新古今集・俊成卿女)

俳句・川柳
上々のみかん一山五文かな(小林一茶)

蜜柑でもふくれっ面はまづい也(江戸時代の川柳)

たいがいに喰て蜜柑の筋を取り(江戸時代の川柳)

みかん山みな海へ向き南向き(松野か寿女)

夕映えて遠きもうかぶ蜜柑島(水原秋桜子)

蜜柑むく親しき顔に逢ふごとし(鍛冶本輝子)

みかんの歌……有名な歌ですが、2番は知りません。
みかんの花が咲いている
思い出の道 丘の道
遙かに見える 遠い海
お船が遠く 浮かんでる
落語「千両蜜柑」の元ネタ……10袋で千両ならば、3袋ならば300両と考えて手代が蜜柑を持ち逃げする話。
 分限な者の息子、照りつづく暑さにあたり大わずらい。
なんでも食事すすまねば、打ち寄って、なにぞ望みはないかとの苦労がり。

 「何も食いとうない。そのうち、ひいやりと、みかんなら食いたい」との好み。

 やすい事と買いにやれど、六月のことなれば、いかな事なし。

 ここに須田町に、たった一つあり。一つで千両。一文ぶっかいても売らず。

 もとより大身代のことなれば、それでもよいとて千両に買い、「さあさああがれ」と出せば、息子うれしがり、枕軽く起き上り、皮をむいた
ところが十袋あり。

 にこにこと七袋食い、「いやもう、うもうて、どうもいえぬ。これはお袋様へあげてたも」と、のこる三袋、手代にわたせば、手代、その三袋をうけ取って、みちから欠け落ち。

(明和9年刊『鹿の子餅』)


蜜柑の小説
 庭は十坪ほどの平庭で、これという植木もない。ただ一本の蜜柑があって、塀のそとから目標になるほど高い。おれはうちへ帰ると、いつでもこの蜜柑を眺める。東京を出た事のないものには蜜柑の生っているところはすこぶる珍しいものだ。あの青い実がだんだん熟してきて、黄色になるんだろうが、さだめて奇麗だろう。

『坊ちゃん』夏目漱石


 窓から半身を乗り出していた例の娘が、あの霜焼けの手をつとのばして勢いよく左右に振ったと思うと、忽ち心を躍らすばかり暖かな日の色に染まっている蜜柑が凡そ五つ、六つ、汽車を見送った子供たちの上へばらばらと空から降って来た。私は思わず息を呑んだ。
 ――暮色を帯びた町はずれの踏切りと小鳥のように声を挙げた三人の子供たちと、そうしてその上に乱落する鮮かな蜜柑の色と――すべては汽車の窓の外に、瞬く暇もなく通り過ぎた。

『蜜柑』芥川龍之介


 我が家では一回に食べていいのはひとり二個と決まっていたから、蜜柑を選ぶのはスリリングな問題であった。運よく甘いのに当たると、その日一日中いいことがありそうな幸福な気持ちになった。
 もっとも、こういうことは最近の蜜柑にはない。ひと袋に入っている蜜柑の味は、最初の一つめを食べればだいたい見当がついてしまう。味が規格化され、標準化されて、当たり外れがなくなったのである。
 これはきっといいことなのだろう。しかし、どこか淋しいような気もする。外ればかりでは困るが、適当に当たり外れがあってこそ菓子ならぬ果物の、自然の味が楽しいのだ。

『今日もトットと陽はのぼる』ねじめ正一


 ここから見える中庭のはづれに大きな灯笠となって架かっている高い門燈があって、そこからおとされる薄蒼い光と闇とが区切られる境に、数本の蜜柑の木が立っているらしかった。葉々は闇へとけこんでいたがその目にとまらぬ薄蒼い境から支えもなく浮きでて黄ばんだ蜜柑が見えた。それは静かに浮いていた。たしかに背後に沈んだ葉々が揺れていると思われるのに、そこに浮かんだ蜜柑は動かなかった。ここからじっと眺めていると、光と闇の境に淡く浮きでたその蜜柑は、幸福の象徴のように見えた。それは、宙に浮いていた。

『虚空』埴谷雄高


あれも食いたい これも食いたい……東海林さだお氏の言い得て妙な名文抜粋。
 ・数ある果物の中で、蜜柑ほど気のおけない果物はない。
 ・果物なのに、果物という気がしない。家族の一員のような気がする。
 ・食べられるオモチャ。
 ・ミカンは日本の家屋になじむんですね。果物というより、家具。食べられるインテリア。
 ・しっとりと水気を含んだ、赤ん坊の肌のようなフクロの集まり。
日本経済新聞「春秋」2002.11.7より、この日は立冬でした。

 果物屋の山なすミカンに、ふと紀伊国屋文左衛門の逸話を思う。嵐をついてミカン船を江戸に急行させたという、あれだ。それにしても、なぜそんなに急いだのか。ぼんやりした疑問が「東都歳時記」を読んで解けた。庶民の初冬行事に間に合わせるためらしい。
▼11月上旬の鞴(ふいご)祭り。鍛冶(かじ)屋、鋳物師など火を使う工匠たちが、防火祈願をこめて火の神をまつったものだ。東京駅から目と鼻の先の、その名も神田鍛冶町界わいでは、この日、職人たちが仕事を休み、家の二階からミカンをまいて景気をつけたという。紀文は、この商機に賭けたのではないか。(以下略)

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