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西瓜と文学
西瓜と文学
●俳句・川柳
西瓜食う娘の口の難しさ (江戸時代の川柳)
西瓜二切れで吉原見て帰り (江戸時代の川柳)
西瓜喰ふ 空や今宵の天の川 (沙明)
釣瓶(つるべ)にてあたま破(わら)れし西瓜かな (大魯)
どこにこのしぶとき重さ西瓜抱き(山口誓子)
冷蔵庫あければでんと西瓜かな (三宅萩女)
この夏の一番甘き西瓜なり (松本たかし)
西瓜食うやハラリハラリと種を吐く (前田普羅)
帽載せて黒部西瓜の大きなる (松倉悟童)

●小説など(抜粋)

 むかしは西瓜は、歴々その外、小身ともに食うことなし。道辻番などにて切り売りするを、下々、仲間(ちゅうげん)など食うばかりなり。町にて売りても食う人なし。女などは勿論なり。

『昔々物語』(江戸時代に西瓜が低級視されていたことがわかります)


●エッセー(抜粋)

 その昔、少年の夏とスイカは切っても切り離せない関係にあったように思う。夏と言えば、スイカ、スイカと言えば夏だった。
 あの屈託のない緑に、黒のぎざぎざライン。学校から帰って来て風呂場を覗いた際に、水を張った湯桶の中にスイカがぷかりぷかり浮いているのを発見した時の喜びはちょっと筆舌につくしがたいものがあった。(略)
 少年の頃のスイカはどうしてあんなに美味かったのだろう? そして少年の頃の夏は、どうしてあんなに楽しかったのだろう?おじさんは何だか悔しくなってしまうのだ。

原田宗典『平凡なんてありえない』

 夏になると、胃腸の具合が悪くなる。これは冷房のためと、水物を摂りすぎるためではないか。水分が多くなると胃液が薄くなるのだと言う人がいる。そこで胃腸薬を服(の)む。その胃腸薬には必ずノドがかわく成分が含まれていて、また余計に水物を飲むようになるのだそうだ。西瓜が食べたいというのは、水分を欲していたのかもしれない。

山口瞳『男性自身』

 見た目だけでなく、スイカは食べてもおいしい。しかも楽しい。おいしい食べ物はたくさんあるが、食べて楽しい食べ物は少ない。
 スイカは食べながらも楽しい。(略)
 スイカはガブリ食い、これに限る。スイカをまず六つに切る。四つだと大きすぎる。それからアゴを十分前方に突き出す。シルが衣服にたれるのを防ぐためである。次に目をカッと見開く(ここが大切)。そして思いきり大口を開け、半月形のどまん中に、かなりの勢いをつけてかぶりつく。

東海林さだお『あれも食いたい、これも食いたい』

 お盆の時期には学校は夏休み、田畑の仕事もひとまず小休止となり、主人の実家でも親戚や子供たちが大勢集まります。昼下がりのくつろいだ折に出されるのが、井戸水でちょうどよく冷えた西瓜でした。といっても、田舎では西瓜はぜいたくな果物でしたから、食べる人数が多ければ多いほど、西瓜の割当が少なくなります。
 大きくなったら西瓜を1人で1個全部食べたい―そんな思いが主人を無類の西瓜好きにしたようです。いつかメロンをいただいたときにも「西瓜と取り替えよう」と主人が言い出して大笑いしたことがありました。(83年9月号「お盆と西瓜」)

 兄弟が多い中で育った主人の西瓜への執着は本当にいじましいほどのものでした。「大きくなったら、西瓜を丸ごと食べたい」といつも思っていたそうです。
 ですから、総理時代に軽井沢で夏を過ごしたときにも、愉快なエピソードがあります。別荘の裏に清水が流れていましたので、大きな西瓜を風呂敷に包んで門の柱に縄で結び、冷やしておきました。そうすると主人の態度がなぜかソワソワ落ち着きません。やがて様子を見に行って「あった、あった」と喜んで帰ってくるんですね。まるで、恋人に会うのを楽しみにしているかのように浮き浮きと西瓜の冷えるのを待っていました。(84年9月号「西瓜の冷えるまで)

 『果物月報』佐藤寛子さんのフルーツストーリーより


「そう、やっぱり西瓜が一番好き」
 それも、梅雨が明けて、かっと暑くなってから、太陽に充分照らされた西瓜がいい。
 弱って、何も食べられなくなった一夏、明けても暮れても西瓜で養われた。素直すぎるほど素直な甘味。気安く、懐かしく、日に何度食べてもいやにならなかった。そのかわり栄養失調となった。
 戦争中、西瓜だけは灯火管制下の町の茶房で食べることができた。何重にも垂れた暗幕をくぐってはいった薄暗い席へ、運ばれてきた西瓜。みずみずしい赤い切り口が今も目に残っている。

 岡部伊都子『野菜のこよみ くだものの香り』


「今年の夏は最高だな」と恭一が言った。それに答えたつもりなのかつぐみが、「スイカって最高にうまいな」と言った。

                      吉本ばなな『TUGUMI』


 食べ物から季節を感じることが少なくなった。ほとんどの食材が一年中手に入るからだろう。そんななかで、スイカはまぎれもなく夏のにおいがする。
 冷蔵庫が普及していないころは、スイカを井戸水で冷やした。ほどよい冷たさになった。それを日中の暑い盛りに食べる。これぞ夏だ、と思わせた。

               「天声人語」96年7月27日朝日新聞より


 畑にはキュウリやナスなど総菜物が、食べ余る程作ってあるのですが、母は食べ物の大切さをこう言い聞かせました。「食べ物を粗末にしてはもったいない。スイカの命を頂いたのだから、食べられるところは皆食べないと罰が当たるぞ」と。
 私はもったいないという教えを、母からスイカの皮を食べることによって教わりました。ありがたいしつけだったのです。
 またスイカの季節が巡ってきましたが、優しかった母の教えを思い出して食べています。今でも母の教えどおりに、ぜいたくな食べ方はせず、皮際まで食べて、老妻に笑われています。

              村山北斗(72歳)『朝日新聞』声欄90/6/26

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