| 俳句・短歌 |
| 桜桃、さくらんぼ、さくらんぼう、いろいろな語で詠まれています。どの句からもさくらんぼの愛らしさ、いとしさが伝わってくるようです。 |
桜桃のひとつひとつが灯をともし (杉本 苑子)
桜桃のみのれる国をまだ知らず (三橋 鷹女)
親と子の心の対話さくらんぼ (酒井 銀鳥)
さくらんぼさざめきながら量らるる (成田桜桃子)
茎右往左往菓子器のさくらんぼ (高浜 虚子)
枝かへてまださくらんぼ食べてをる (高野 素十)
くちびるに触れてつぶらやさくらんぼ (日野 草城)
舌の載せてさくらんぼうを愛しけり (日野 草城)
童女笑むさくらんぼうの種とばし (花谷みのる)
ま夏日の日のかがやきに桜の実熟みて黒しもわれは食みたり 斎藤 茂吉
|
|
| エッセー |
さくらんぼを喰いだすときりがない。枕もとに新聞紙を敷き、仰向いて、喰って、タネは右手のひろげた新聞紙の方へ吐きだす。スポッと音がする。これは小気味いい。(略)
|
山形のさくらんぼ 「折々の散歩道」 水上勉 |
◆ |
生まれて初めて東北に飛んだ三年前の晩春。山形の空から地上を見ると、いちめん、白や淡紅、濃紅の花が咲いていた。まるで夢の国に舞い降りるかの思いがした。(略)
さくらんぼの小さな実も愛らしいが、実をつけた果柄の線がきれいだ。あの柄のゆえに、うるわしい余韻が揺れる。
|
「野菜のこよみ くだものの香り」 岡部 伊都子 |
|
| 小説 |
子供より親が大事、と思いたい。子供よりも、その親のほうが弱いのだ。
桜桃が出た。
私の家では、子供たちにぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかも知れない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。蔓を糸でつないで、首にかけると、桜桃は珊瑚の首飾のように見えるだろう。しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。
|
「桜桃」 太宰 治 |
|
赤く、丸く、愛くるしく、清楚、そして可憐。
この世のけがれを知らぬげな、鮮紅色の無垢の魂。
“初夏のルビー”と言われる、その張りつめた皮肌は輝きに満ちて、あたりの風景を映さんばかりだ。
丸くて可憐で赤い果実に、突きささるような薄緑色の細くて長い柄。
完結したデザイン。実在するメルヘン。エンゼルの玩具。
気品にあふれ、優しさに満ち、そのたたずまいは宗教的ですらある。(略)
さくらんぼその程のよき大きさよ 荻斉
そうなんですね。さくらんぼがプラムほどの大きさだったら。
カボチャほどの大きさだったら。
あるいは大豆ほどの大きさだったら。
あの薄緑色の柄の果たす役割も大きい。
もし、あの柄がなくて、丸い実だけだったら、さくさんぼの存在価値の四割は損なわれると思う。
しかもです。あの柄の長さ。
あの柄は、もう一センチ長くてもいけないし、五ミリ短くてもいけない。
柄も言われぬ絶妙なその長さ。
その上、あの柄は、デザイン的に大働きをしたあと、こんどは食べるときの把手(とって)としても大働きをする。 |
「桜桃、応答す」東海林さだお「鯛ヤキの丸かじり(あれも食いたいこれも食いたい) |
|
「否(いいえ)、串戯(じょうだん)は止してね、毎日取替へて上げるのに、水菓子は同じものばかりで困るのよ。バナナや、パイナツプルは西洋くさいから、内のお客様には何うだかと思ふし、李(すもも)も粗略(ぞんざい)でせう。然(そ)うかつて西瓜も困るわね。」
「実際、釣鐘を突込むやうで乱暴だからね。」
「……桜之実(さくらんぼ)においしょ、……だから、桜之実が可い。」
と言つて、密(そっ)と姉を見たが、女中が何かする台所に目を使つて、気が付かぬらしかつた。…… |
泉鏡花「白鷺」 |