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「貯蔵技術の功罪」について

97/08/05


ここ数年貯蔵技術の進歩は日進月歩。旬が終わっても「余韻」として2カ月はその果物が食べられる、果たしてこれは「功」か「罪」か?
 わたくし一個人の意見は「大罪、重罪、極刑に相当!」である。
 消費者曰く「季節感が……なし」
 小売屋も同意見。「季節感ほしい!」

 季節感をぶち壊しているのは、誰あろう「生産者」である。良いほうに解釈すると「おいしいものを、ながぁ〜く喜んで食べてもらいたいので、ハウス、露地物、そして貯蔵の三段構えで消費者にお届けしています」って感じの生産体制。生産者の言うことには「現代は果物離れが……」ときたもんだ。
 なぜ「離れるか?」
 お答えしましょう。
「1年365日、みかん、西瓜、梨、ブドウetc果物のコンビニ化現象である、今消費者、果物屋が欲しいのは、<季節感のある、旬だけ出回る純粋な果物>が、一番欲しいのです。ハウス物・貯蔵物なんか不要! こんなよけいなものが出回るからコンビニ化現象が生まれ、果物の価値感を失墜させ、その原因は皮肉にも技術の進歩、これが現代の果物離れ現象」

 わたくし以外の果物屋さんは「おいしいものが氾濫しているとか、おいしい果物が全然見当たらない」というのが大多数の意見ですが、果物の原点、そうです。和菓子・洋菓子(多少なり季節感あり)には見当たらない「季節の旬素材」が果物には「ある」んです。正確には「あったんです、昔は」。

 技術の進歩が、結局「生産者−農協−市場−仲卸−小売」というラインをメチャクチャにしたといっても過言ではない。もっと悪いことに日本は南北に東西に長く、それと相前後して各地生産時期も ずれ込み、ハウス物、露地物、そして貯蔵の3段構えが6段9段構えと膨らんで1年中ダラダラズルズル市場へ際限もなく流れ込む。これじゃ、いつまでたってもコンビニ果物。

 技術の進歩――これを進めるならば、「くだものの原点」を取り戻す方法でも研究したらどうかいな?

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