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中央卸売市場と地方卸売市場

97/09/30


 果物屋にとって大切な商材、地方と中央では雲泥の差があるのは事実です。
 果物屋個人にしても、商材に対する「探求心」これは、地方と中央の人では差が歴然として現れているのも事実。ひいては、「経営姿勢」にもそれが反映して、中央の果物屋と地方の果物屋とでは別人種にも思えるほど。地方市場のそれには「あせり」さえ覚えることもある。

 自分は東京の大田市場(中央市場)の買参人ですが、仲卸を丁寧に1軒1軒見て歩くと、独自ルートで取り寄せた商材がころがっていることが多々ある。卸に至っては四大卸が一つ屋根の下で同時に競りをかまし、果物野菜もそれこそ日本国中から押し寄せてゲソ品〜特上品まで、よりどりみどり自分達の立地条件に合った商品を買うことができ、仲卸も各条件に合った商材を見つければたやすく事無きを得られる。これが中央のいいとこ。

 だが、ここに、とっぶりつかって地方に目を向けないと、この状態が「普通」になって、至極当たり前感覚に陥っている。「のほほん状態?」

 一方、地方はというと簡単に言って中央の逆。物量、品質とも言葉は悪いが「貧弱」である。が、いたしかたない。JAだって「値」のとれる「中央」へ卸したがるのも、仕方の無いこと。

 そこで登場してくるのが「地方の果物屋さんパワー」である。商材に絶対満足できない果物屋さんがハンデをものともせず、活路を独自で切り開く姿――残念ながら中央には、ほとんど「いない」。商材を求めて農家を渡り歩いたり、気になる品があるとそこの店へ直接出向いたり、とにかく「くだもの」という言葉、文字には鋭敏である。

 本来 商売とは「鋭敏さ」が必要不可欠。だけど中央にいると、いつのまにか自分も含めて「鈍感」になっている。果物に「不自由」しない市場が逆に果物屋さんを「鈍」にしてしまっている。地方は「鋭」揃い。よって自ずと「活気、パッション、意気込み」が出てくる。何から何まで地方市場の果物屋さんには叶わないし、中央にとっぷりつかっている(自分含む)果物屋さんは地方を見習わなければいけないと、最近つくづく思う。

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