| 「くだもの」の、あしたを考える二分化傾向 98/01/09 |
| 「あした」(未来)を考える果物屋さんは大別して2組に分けられる。 1.果物に「味、高い商品価値、旨いもの」を追求する組。 2.「季節感」への回帰組。 この2組。どちらも正しいですが、1は「個人の味覚」に左右され、どこをもって「旨い!」「高価値商材」と言えばいいのか、まったくの抽象で曖昧模糊の世界です。念仏のように「もっと旨いもの!もっともっと!」と農家を渡る熱心な果物屋さんを大都市の中央市場で見かけますが、まあ、それは本人の果物への情熱として、個人の自己満足に任せておいて、2番の「季節感」が大問題。 JAを批判したくないが、「質問」します。 JA様へ「口に入る食べ物・・和洋菓子、野菜、魚、くだもの、の4点で10年前まで季節感が存在した食べ物は、どれでしょうか?」 答え「くだもの」です JA様へ「季節感」を抹殺したのは誰ですか? 答え「・・・」(TVで、いうとこのピーー音) JA様へ・末端消費者、ならびに小売屋の全国的ぼやき「季節感がぁぁぁない!」 JAにも言い分があるでしょう「通年でおいしい果物を安定供給・・そして、抱えている組合員さんの生活・・・」、故に「早出し技術、貯蔵技術の研究するんだ」 うーーーん、わかるわかる、その気持ち。でも果物は西から東、南から北へとずりずりと、移動するのです。それだけでも長期で半年は出回るのですょ。そこへ例の早出し、貯蔵技術 が加わると、小売屋、お客の、ぼやき「季節感ーーー」が出てくるのですょ、これが「当たり前」の今に至っては、果物の価値は果物工場で製造してベルトコンベアーに載ってでてくる駄菓子と同等な、腐りやすい生の駄菓子と同じであります。名付けて「コンビニエンス、フルーツ!」。つまり1年365日いつでも、どこでも買って食べられて・・・これって果物の最大の商品価値である「季節感」を、ぶっ壊しているのですよ。 問題・・「果物から季節感取ったら何が残るでしょうか?」 答え・・「駄物(だもの)」でぇす。 今や果物君はお金では買うことができない「季節感」を奪われ、「和洋菓子、野菜、魚」と同等の位置に格下げされたのです。断っておきますが和洋菓子、野菜、魚を否定していません、その3点と比べて果物には最大の付加価値「季節感」が「あった」のです。 これ以上愚痴っても埒があかないので、結びを if(もし)「季節感に回帰できたら・・?」 答え「果物屋さんの売り上げは多少減少します。増えませんが、しかし果物の価値は今と比較できないほど高くなるし、果物の重要性が認識されるし、生活にとって果物はいかに大切かが再認識されます」 要するにお金で買えない価値が手に入り、果物屋やっていて、ほんとによかったと一度でいいから、言ってみたいものです !! JAが、よかれと思っている「通年販売」は果物離れを引き起こしている最大原因。 果物を買ってくれるお客さんがいるから小売屋が存在でき、小売屋 が売るから市場が存在し、市場があるからJAが存在するのです。お客が果物にソッポ向いたら巡りめぐって、果物農家も不要になってしまうょ。 |