大阪府門真市。大阪市内中心部まで約30分で行ける、大阪のベッドタウンとして発展した市だ。現在の人口は約14万人、5万7000世帯が居住するといわれる。
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京都、大阪間を走る私鉄に京阪本線があり、門真市はその路線駅の一つ。門真市駅というその駅から、一駅京都寄りにあるのが古川橋駅だ。車を運転する人ならすぐ思い当たる駅名である。大阪府の運転免許試験場があるからだ。
果園ミキは古川橋駅のダイエー古川橋駅前店内の1階に店舗を構えている。ほんの5m先にはダイエー直営の果物売場がある。ぱっと見には激戦区。直営売場とテナントが目と鼻の先にあるのだから、互いが気にならないわけはない……と思いきや「いや、気にならない。あっちの売場で売ってるものも知らんし、こっちは安く売るつもりもない」。社長の三木久夫さんは淡々と言う。
直営売場とのすみ分けをしているつもりはないが、果園ミキは果園ミキ、自分達が売りたいものを売る。こういう商品があるとお客さんに提案する商売をしていくと、あっさり言い切った。なるほど店舗を見回すと、商品説明つきのPOPがあちらこちらに張り出してある。山形産のサクランボ、和歌山産の桃、旬の果物のお勧めポイントが一目で分かるように工夫されているのだ。見た目もかわいい。このPOP、原稿を渡すとダイエーの担当者が描いてくれるのだそうだ。 |
●社長の先見性が的中
果園ミキは1984年にダイエー古川橋駅前店に出店した。それまでは門真市内の小売市場で営業。1968年に独立して店を構えてきたのに、大型小売店のテナントになった理由を社長はこう言う。「オイルショックのあった1974年ごろ、ショッピングセンターや小売市場は安定していたが、どうも端境期ではないかと」
歴史的な面を紐解くと、百貨店・三越の創業300年の1972年に、創業15年のダイエーが三越を追い抜き売上高日本一に輝いている。高度成長期に入って「消費は美徳」とされ、消費者の動向が変わってきたためでもある。スーパーの低価格、多品目販売も消費に加速をつけた。
この時期にはまた、大都市の人口集中が激しくなり、都市近郊にも人口が急増。郊外人口の増加に伴い、スーパーの出店数も増えた。(参考文献:産業の昭和社会史7「デパート・スーパー」、小山周三、外川洋子著、日本経済評論社刊)。
社長は早い時期にこの点を見抜き、大型店へのテナント出店を考えたようだ。 1973年の第1次オイルショックで物価が上がり景気は低迷。百貨店や一般小売店はあおりを受けたが、スーパーは堅実に伸びた。1978年には景気回復したものの、翌年、第2次オイルショックが起こり、1983年まで不況が続く。スーパーも減益となった店が多かった。景気が回復したのは1984年の秋頃、消費に弾みがついた。まさにその年、果園ミキは新規開店のダイエー古川橋駅前店にテナント出店している。大型店時代の到来を予測した社長の読みは的中である。
●3つの顔をもつ店
果園ミキには3つの顔がある。果物専門店、ジューススタンド、パーラー。これらが合体して1つの店舗を構成している。
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「果物を販売するだけじゃさびしい。果物に関心を持ってもらうには色々したらいいと思って」こういう形態にした。ジューススタンドでは家ではなかなかできないものをと、珍しいジュースも作っている。たとえば夏場はマンゴージュース、1杯150円なり。アボカドジュースもある。どちらかを交互に販売している。
トロピカルフルーツが話題になってからマンゴーなどは一般に知られるようになったが、食べ方や味を知らない人もまだ少なくない。それがジュースで手軽に味見できるなら「ちょっと飲んでみよか」と、その気になる。「アボカドジュースなんかはそうやね。お客さんの好奇心をくすぐってみる商品や」。その他、メロン、オレンジ、パイナップルなど旬のジュースが並んでいる。 |
大抵のジューススタンドで見かけるいちごジュースがないのは「いちごは6月初旬で終わり。なんぼ人気があっても、旬のおいしい時期に出したいし、飲んで欲しいから」なのだそうだ。
お客さんを引き寄せるジューススタンドの魅力は、低料金、100%果汁であること。それに加えて傷んだ果物を使っていないことだ。「専門店にジューススタンドを併設すると、余り物を回していると思われがちだけれど、うちは違う」。
専門店で販売するものを惜しげもなくジュースに使っているのだ。お客さんにもその味は分かるらしく、スタンドの前にある休憩コーナーはいつも人でいっぱい。買物ついでに立ち寄ってジュースを飲む常連さんも多い。見覚えのある顔だなと思ったら、親に抱かれてやってきた赤ん坊が成長して思春期の少年少女になっていたということも。 |
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| 専門店、ジューススタンド、パーラー合わせて8名 |
お客さんを引き寄せるジューススタンドの魅力は、低料金、100%果汁であること。それに加えて傷んだ果物を使っていないことだ。「専門店にジューススタンドを併設すると、余り物を回していると思われがちだけれど、うちは違う」。専門店で販売するものを惜しげもなくジュースに使っているのだ。お客さんにもその味は分かるらしく、スタンドの前にある休憩コーナーはいつも人でいっぱい。買物ついでに立ち寄ってジュースを飲む常連さんも多い。見覚えのある顔だなと思ったら、親に抱かれてやってきた赤ん坊が成長して思春期の少年少女になっていたということも。
●商品は大胆に使え
売り物の果物をそのまま使う姿勢は、パーラーも同様だ。オリジナルメニューも多々揃っているが、お客さんからの人気が高いのがマスクメロン8分の1を搾ったマスクメロンジュース500円。静岡産のいわゆる本場もの、人気商品を大胆にぎゅっと絞ってしまう。
「儲けはなしですわ。でも、店の人にはたくさんあるからしっかり使え、ケチケチするなと言うてます。中途半端に使うと残ってくるでしょ。そんなことするより、ちゃんと使おうと。そうしたらお客さんも喜ぶ」
果物の管理は微妙で、売り時、捨て時の判断が難しい。せっかく仕入れた商品でも「これ、どうしようかと思ったときが決断やね。ぱっと捨てる」こともある。長く在庫を持ちすぎておいしい時期を逃すより、ジュースに使い、パーラーに出して味を知ってもらう方を社長は選ぶわけだ、華やかなPOPはスタンドにもパーラーにももちろんフル活用。お客さんの興味をそそる工夫がなされている。
このパーラーでお客さんは食べたことのない果物や、果園ミキならではの新製品を賞味し、自分にとっての新しい味覚を発見することも多い。
例を挙げるならレモンはちみつ。4年程前に後継者の和也さんが開発したものだ。レモンの焼酎漬けやシロップ漬けに対抗する商品として作り出された。発端は自家用に作っていたはちみつかりんをデッドスペースに瓶詰めにして売り出すと、これがヒット。そこで新たなオリジナルブランドの開発を試みて作られたのがレモンはちみつ。まだ飲んだことがないお客さんは、パーラーで注文することができる。
パーラーは、守口市の京阪百貨店内とダイエー長吉店にも出店している。和也さんは京阪百貨店のパーラーの店長だ。
●ええもんをじっくり売る
消費者の果物離れは進んでいると社長は言う。「若い人ほど食べてへん感じやね。ジュースを飲んで果物を飲んだ感覚なんやろね。むしろ年配の人の方が食べてます。年配者が消費者の主流です」。だからターゲットを年配者に絞りつつ、POPなどを多用して他のお客さんの吸引を図る。サクランボなら山形の誰それさんの生産物、桃は和歌山産なのをお知らせする。生産地や生産者を明らかにすることで、品質や味が確かなのを告知しているのだ。
身元が明らかでおいしいものを探し出すのに、仲卸から教えてもらったり産地情報をこまめに調べたりする手間を惜しまない。行ける時には実際に生産地にも足を伸ばす。
「おいしい穴場を見つけたい。うちで扱う信州リンゴでいい品があってね。どんな風に作っているのか、見に行った」。生産者に会い、納得して帰ってきた。単価は少し高かったが、POPで宣伝を続けるうちに、じわじわと人気が出た。売り手は声高に呼び込みはしないが、POPに情報を盛り込んで、お客さんの関心を引きつける。
「おいしい穴場を見つけたい。うちで扱う信州リンゴでいい品があってね。どんな風に作っているのか、見に行った」。生産者に会い、納得して帰ってきた。単価は少し高かったが、POPで宣伝を続けるうちに、じわじわと人気が出た。売り手は声高に呼び込みはしないが、POPに情報を盛り込んで、お客さんの関心を引きつける。
その結果、少し値は高いが、確実においしいものを置く店と知られるようになった。「うちの店は、日々の人数から考えたら日常買いの人が多い。でも、その中で日常的なプレゼントやお使い物も結構多いんですわ」 |
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お客さんから相談を受けると、予算や送り先を聞き、商品提案をする。「風邪のお見舞いやったら、みかんはあかんよ。リンゴかイチゴがいいよ」などと、相手先の体調を考え、旬のものを勧める。場合によってはお断りすることもある。お通夜や法事では日持ちのする果物が要求されるが、果園ミキでは旬の食べごろのものが中心でもあるためだ。夏の終わりに熊本のスイカを注文されたら……これもお断りする。
中元、歳暮の時期の大々的なセールもしない。時期を絞った販売では商品も期間も限られる。それをすると産地に無理を言い、商品集めにも無理が出る。それをしたくないのだ。
「うちの店はわがままなんですかね。でも、そうしないとその果物の一番いい時期に提供できませんもん」。顧客が納得する決め手は何といっても、旬のものをおいしく味わえること。年中、品質、味、ともにいいもの、が揃っている店であること。
「それを提供するのが専門店の役目です」
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