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以下の内容は、豊後高田商店街を訪ねて見聞きした個人的な感想です。 

私的商店街紹介・豊後高田「昭和の町」4

大分県豊後高田市

 

 13号館 釘屋金物店〜14号館 吉成電気商会 

■13号館 釘屋金物店
 創業年代/明治35年
 建築年代/明治時代
 一店一宝/漆塗りの金地看板


 豊後高田商店街は戦争の被害も受けず、また大きなビルも建たなかったので、これまでは古いものを隠すために大きな看板を全部見えないように掛けていたが、それらをとって金地看板にし、サッシの戸を木の戸にして昭和の雰囲気を出した。この店では、明治時代の漆塗りの看板がお宝なので、看板も金地看板にしたそうだ。

 ところで、秤を扱うには検定師の資格が要るということを私は卸売市場の人から聞いたことがある。秤は手でつかむと油や埃がついてしまい、重さが変わるのでピンセットで秤るが、検定師でないと秤をさわることができない。高田市内に2人しかいない検定師のうちのひとりが釘屋金物店にいるそうだ。ここのお宝説明のところに、計量器の販売には免許が必要であったが、昭和30年代に改訂され、はかりだけが登録制になった。その後平成に入ってこれも届出だけで販売できるようになった旨が書かれていた。

 金物屋さんは一品がないので、お宝だけを見て歩く。
  

■14号館 吉成電気商会
 創業年代/明治30年
 建築年代/昭和40年代
 一店一宝/昭和30年代の三種の神器(白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫)

 建物を昭和40年に建て直してしまったので、ナショナルの一番古い乾電池を大きく再現し昭和のイメージを出したそうだ。お宝は昭和30年の手回しの洗濯機、昭和31年の白黒テレビ、昭和32年の冷蔵庫、いわゆる「三種の神器」が一店一宝。

 この冷蔵庫は月収6000円のときになんと16万円くらいしたとか。電気洗濯機は昭和30年代に入るまでにだいぶ普及していたが、手回しの洗濯機は厚い衣類が回らなかったり、ボタンがとれたりして不便だったので、出回り期間は短かった。とはいえ、これも昭和30年代を生きてきた人たちには懐かしい代物だ。歯磨きチューブや、チューブ入りチョコートなどを回したなぁ。チューブ入りチョコレートはそれほどおいしいものではなかったが、ギュッと絞るとまだまだ残っているのが楽しくて何回か洗濯機を活用した覚えがある。

 ここもお宝を外から見るだけ。このころからすれば今の洗濯機は全自動で乾燥機付き。テレビは液晶やプラズマ大画面、冷蔵庫は大型冷凍冷蔵庫。ずいぶん進歩したものだと嘆息。
 
 ●井之口マーケット

 井之口マーケットは昭和40年頃のおもちゃがたくさん売られている。いわばその時期に売れ残った商品なのだが、これがいまやお宝物になってしまった。昭和の町がテレビで紹介され、一番問い合わせが多かったのが井之口マーケットで、あそこに写っていた商品がほしいとか、こういうものはないかなど。世の中、何が幸いするかわからないですねぇ。それにしても年季が入った看板、店内でした。

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