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以下の内容は、豊後高田商店街を訪ねて見聞きした個人的な感想です。 

私的商店街紹介・豊後高田「昭和の町」10

大分県豊後高田市

 

 第7号館 日名子〜第17号館 宇佐参宮タクシー

 ■7号館 日名子鮮魚店
 創業年代/昭和27年
 建築年代/大正5年
 一店一宝/初代形見の創業看板
 一店一品/おかみ手づくりの干し魚
 この辺りは土間のある家が多いが、宇佐参宮鉄道が通っているときに通勤通学の人が乗ってきた自転車預かりをしていたところが多かったから。当時は1日10円で預かっていて、日名子鮮魚店も自転車預かり所だった。鉄道が廃止され、初代(先代)は魚をさばくのがうまかったので魚の行商で生活をつないだそうだ。お宝は、苦労の末に店を構えたときの創業看板。現在は2代目の娘婿さんが切り盛りしている。
 
 私はお店の取材をしているから行商をしていた人の話も聞いたことがあるけれど、行商をしていると本当にお客のほうから店にやってきてくれることほどうれしいことはないそうだ。だから、店の看板は本当にお宝になるのだろう。昭和20年代の氷を入れて使う冷蔵庫が残っているというのもスゴイ。
 初代の奥さん、幸子さんがつくる一夜干しがとてもおいしくて人気がある。2003年に捕れた鯨の歯が飾られ、釣り用のリールなども置かれているのがおもしろい。

■17号館 宇佐参宮タクシー
 創業年代/昭和18年
 建築年代/大正5年
 一店一宝/昭和思い出のクラシックタクシー

 宇佐神宮鉄道の真ん前にあった店が、昭和18年にタクシー部を設けたのが始まり。当時は国産車がなかったために、もっぱら外車を走らせていたというので、お宝はアメリカ産昭和9年製造の幌付き7人乗りシボレー。車検を通っていて、今でも町を走らせることができるそうだが、この後は国産車として一番最初のタクシーを探し出して置くらしい。というのも、シボレーは借り物なのでいずれ返さなければならないから。私は車が運転できないから、シボレーと言われてもチンプンカンプン、クラシックカーマニアの人が見たら、感激するのかな。

■17号館 駄菓子の夢博物館

 宇佐参宮タクシーのところまで来ると、3棟の大きな屋根が見える。 これは昭和12年の建物。野村財閥がつくった小作米を入れる米蔵で、1万俵の米が納められたとのことだが、北蔵は現在もJAがお米を貯蔵している。

 真ん中の東蔵は駄菓子の夢博物館になっていて、館長の小宮裕宣さんが20数年かけて集めた10万点のコレクションの中から5万点が展示されている。維持費としての入館料は500円。ここは時間がなくて見ることができなかったので、我々はまたの機会となったが、昭和の町を見たいというみなさんはくれぐれも時間をたっぷりとって訪問してください。

■おわりに

 豊後高田商店街の主役は「昭和の町」を構成するお店のみなさんです。けれども、活性化は大勢の人たちが支えています。今回、原稿を作成する上でいろいろお話を伺ったのは、豊後高田商工会議所金谷俊樹さん。そして、町を案内してくださったのは藤原ちず子さんでした。「みんなの力」を強調される金谷さんの意向で、(財)食流機構発行のOFSIでは顔写真を掲載しなかったのですが、私的な昭和の町案内には独断でアップしちゃいます。昭和の町がここまでになったのも金谷さんたちの努力が大きいのです。
 
 小売店はどうしても横並び発想で、ほかがうまくいったら、自分の店もやってみようという人が多いようですが、自分たちの町のことは自分たちで積極的に推進していくとよいと思います。昭和の町が長続きするには、観光の町ではなく、生活の町としても息づいていく必要があります。その意味で1店1店がこのチャンスを生かして活性化させていってほしいと期待しています。