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「生鮮市」を名物にした鮮魚主導型総合食料品店

 第6回日本経済新聞社社長賞。木〜土曜日に実施する「生鮮市」が名物になり、月〜水曜日の倍以上の来店客が訪れるようになった。特に鮮魚売場については、対面販売でコミュニケーションを図ることを大切にしている。売場面積132u、営業時間・月〜水曜日10時〜19時。木〜土曜日10時〜20時。日曜定休。従業員数10人。商品構成は鮮魚54%、青果22%、食肉13%、一般食品等11%。

関政徳社長(右)、柳子夫人、後継者の辰徳さん

山形県東置賜郡高畠町佐沢1003

競合店の出店で改装

 JR奥羽本線米沢駅から車で15分ほど行くと、そこは高畠町。山形県南部に位置するこの町は、近年「まほろばの里」として売り出し中である。

 「まほろば」とは、「万葉集」や「古事記」などで見られる古語で、周囲を山々に囲まれ、実り豊かで暮らしやすい土地という意味だ。奥羽山脈に囲まれた盆地にある高畠町は、ラ・フランスなどの洋梨、ブドウ、リンゴ、サクランボなどの果樹栽培が盛んで、辺り一面広々とした農村地帯となっている。

 一帯には、約1万年前の縄文時代から人々が生活していた痕跡のある洞窟や古墳群が点在していることから、高畠町のキャッチフレーズは、「1万年の歴史・温かい心・みどり豊かな豊穣の里」となっている。

 この「温かい心」を店のトータルイメージで表現しようとしているのが、有限会社 関食品である。兼業農家が約80%を占めるという純農村地帯の県道沿いにある総合食料品店だ。周辺は家屋が散見される程度で、競合店といっても1q先にしかない。

 「でも、地方は、車社会でしょう。90年にチェーン展開する食品スーパー(売場面積499u)が出たときは、やはり低迷してしまってどうしようかと思ったんですよ」

 山形弁でにこやかに話す関政徳社長は、2代目。地元の工業高校を卒業する際、進学か家業か迷ったが、結果として後継者としての道を選んだ。3年間鮮魚店で修業した後、71年から家業に従事している。以来、一貫して「本物の味をよりお得に提供する」ことを心がけてきた。

 周辺が農村地帯だけに、自給自足できずに必ず買い求めなければならないものといえば、鮮魚である。関食品は、総合食料品店といっても、鮮魚が売上げに占める割合が54%、以下、青果22%、精肉13%、その他と続き、鮮魚主導型の食品スーパーといえる。粗利益率も鮮魚は28%で最も高く、この部分をいかに伸ばしていくかが課題となっている。

 このことに気づかせてくれたのが、強力な競合店の出現だった。それまでは、4.5q先と6.8q先に売場面積1500u規模の店舗がある程度なので、この地域の食料品はほぼ関食品でまかなっていた。少なくとも、地域に密着した店という自信はあった。

 だが、1q先となると、車ならば数分、自転車でも苦にならない距離である。しかも、売場面積は関食品(132u)の5倍弱もある。

 「あの店がクリスマスイブにオープンしたときに、うちの店は休みにしたんです。今さら競争してもしようがないし、うちに来ていたお客さんがうちの目の前を通り過ぎるのも心苦しかろうと。いわば死んだふり(笑)。それで、売上げが下がり続けても、じっと3カ月がまんしました。

 でも、このままではいけない、対策はないか、と模索する日々でした」
 ここで、関社長は考えた。

 顧客は、何を求めているのだろう。うちの店に来ていたのに、向こうの店に流れた顧客は、何が不足でいってしまったのだろう。どうすれば、再び足を向けてもらえるだろう。

 来る日も来る日も、一冬中、ずっと考え続けた。そして、出した結論が、鮮魚部門の一層の強化だった。このため、店舗を全面的に改装し、駐車場も増設した。

 バブルに浮かれていた景気は89年にはじけ始め、築地市場などからもれ聞こえてくる情報も、高級魚が売れないといったものだった。

 だが、関社長が出した結論は、「人間1度ぜいたくをすると忘れられない」というもの。

 バブル期においしいものを味わった食習慣は、容易に変えられない。ならば、おいしいものをできる限り安価に販売すれば活路を見出せるのではないか。それに、みんながみんなバブルがはじけたのではない。あるところにお金はあるはず。

 そう考えて、改築した店は、92年7月にオープンした。店頭には、店名以外に大きく「生き活き市場」と書かれている。

 鮮魚売場が約3分の1を占め、本物の瓦と豆電球をアレンジした照明からは、食品スーパーの一角というよりも、高級な鮮魚店というイメージである。片側は、平台陳列に丸の魚を主に陳列し、通路を隔てたケースは、セルフで買えるようにしている。だが、どちらも販売員がいて一口アドバイスと調理をしてくれるので、顧客は安心して買うことができる。

 冬の日の売場は、サヨリ、生イワシ、生サンマ、生アジ、生タラ、塩タラ、タラバ、本ズワイ、シジミ、サザエ、活ハマグリ、ホッキ、キンメダイ、もずく、ホタテ、タイ、ブリ、シマアジ、ドジョウ、イナダ、アンコウ、タコ、イカ、サーモン、黒そいなど豊富な種類が並んでいる。

 地元の3カ所の地方卸売市場から相対で味本位に仕入れているが、5匹いくらといった買い得の商品については、380円といったように、「8」の文字で安さを出している。

ロスを出さない販売

 改装前1億2000万円だった売上げは改装1年目の93年に1億6000万円になった。その後も年々向上し続け、97年には2億5000万円に達している。

 それは、なぜか。1つには、鮮魚の味、鮮度、品揃えで差別化が可能になった、もう1つは、思い切った安売りを実施したことである。

 本物の味にこだわれば、他店が1尾30円という値段で売っているサンマも、1尾80円で販売することになる。だが、同じように見えるサンマでも、他方は2流品、こちらは生サンマで大きくて脂がのっているという違いがある。この品質ならば他店では確実に150円の値がつくところを、関食品では80円と精一杯のサービス価格で提供する。だが、値段だけで見る人には、この違いはわからない。

 そこで、「ほかでは30円で売っているのに、なぜこんなに高いのか」とクレームがつくことになる。こんなとき、関社長は「1度食べてみてください」と頼む。どんなに口で説明するよりも、食べてもらえば納得してもらえる味だということがわかっているからだ。この味ならば、80円の価格も納得がゆく。そこまで関社長は計算していた。案の定、その客は、次回来店時には満足顔で黙ってサンマを買っていった。

 客とのやりとりのそんな繰り返しがあって、評判は徐々に高まっていった。値段はちょっと高いけれど、おいしい。この「ちょっと」の部分が許容範囲に入れば、商品は売れる。

 だが、高いものばかりでは、日常買ってくれるわけではない。そこで、価格面でもある程度バラエティーをもたせて陳列している。

「魚っておもしろいもので、売れるものと売れないものが出てくるので、売れないものを外すと、今まで売れていた商品が売れなくなってしまう。

 私、『水戸黄門』のドラマが好きなんだけど、あれには善人と悪人が出てきて、最後には勧善懲悪で善人が勝つでしょう。ワンパターンだけど、おもしろいんだよね。

 魚も悪い商品ではだめだが、甘いものと塩っぽいもの、厚い切り身と薄い切り身、大パックと小パックなどなど試した結果、平均に売れるようになった」

「生鮮市」が名物に

 おいしさに加えて、「安さ」が求められている。それに気づいて、93年4月からは「生鮮市」を始めた。実は、この「生鮮市」が、毎年の売上げ増に大きく貢献することになる。毎週木曜日と金曜日に、大々的に価格を下げて、お値打ち品を販売するというものだ。

 だが、スタート直後の4〜5月は、「まるでだめ」だった。容易に、客は、戻ってきてくれない。だが、関社長は「もう少しがんばっぺ」と社員にハッパをかけた。そして、今まで以上に「いらっしゃいませ」と大きな声を出し、笑顔で接客するように従業員全員に徹底した。

 家族以外の従業員は、関社長の人柄にひかれて、みな長年のベテランばかり。この人たちが、意気に感じて商品を売り込んだ。看板商品となる鮮魚が売れれば、きっと盛り返せる、その思いでみな一丸となった。

 効果が出てきたのは、「生鮮市」を始めて3カ月たったころだった。期間は短くもあるが、気分としては果てしなく長く思える日々だった。顧客が「おたくの魚、うまいね〜」と口々にほめ始め、「生鮮市」の日をめざしてまとめ買いするようになってきたからである。

 確かな手応えを感じたのが7月だったことを、関社長は、今も鮮明に覚えている。「生鮮市」は、県外からも車でやってくるほどのファンをつくり、今では店の名物になっている。

 当初は木曜日、金曜日であった売出しは95年から土曜日が加わり、3日連続となった。閉店時間は通常19時までだが、「生鮮市」のときには20時までに延長している。通常では1日300〜450人ほどの来店客だが、「生鮮市」の日には500〜800人となる。毎週木曜日に新聞折込みでチラシを8000枚まき、売上げはコンスタントに1日100万円を超え、定着した。この効果もあって、客単価は、1600円と非常に高くなっている。

 売れない期間をじっとがまんして実感した言葉は、「継続は力なり」であった。

当日売り切るために

 高級魚の取扱いが多い店では当日売り切るというのはむずかしい。だが、関食品では、高級魚が多くても、今朝仕入れた商品は当日売り切るようにしている。このための秘策が「残品整理」である。

 夕方に残りそうな場合は、魚種に関係なくひとまとめにして3000円程度で販売する。売価の半額くらいに設定されるから、魚好きにはたまらない。

 だが、これまでの実績からもその日の販売量は予測できるので、それに見合う仕入れをするようにしている。

 「うまいものが必要だね。うちでは、うまいのを刺身にしてバンバン食べさせる。そうすると『うまいね〜』という言葉が返ってくる。

 だから、知られていない魚もどんどん仕入れて味を知ってもらい、あの魚はないかと言われるまで売る。商品もお客様の舌もどんどん開発していく。

 それから、耳で売ることも大事。

 『これ食ってみろ、うまいよ〜』とその場で食べさせるから、ごまかしがきかないんだね。それで、『関さんから言われると間違いないものね』と言われるようになった。

 うちは地域に密着した店なんだから、お客さんの名前を覚えて、魚の好みまで覚えるように、って言ってます。そうすればいいものが入ったときに、すすめられるものね」
 こういう関社長の人柄を示すのが、売出しに関するエピソードだ。

 「生鮮市」で激安にする商品は、数を見込んでかなり大量に仕入れるが、それでも客が殺到して売り切れることがある。このため、目玉商品目当てで来たが売切れで買えなかった客には、3日以内に再び仕入れて、特別に提供しているのである。

 日頃の販売では、「この魚は冷蔵庫に入れておけば何日くらいは日持ちする」という情報を伝えるようにしている。これがとても喜ばれている。

 さらに、調理情報については、本を購入して研究し、簡単に調理できておいしそうなものを黒板に「今週の調理」として書き出している。たとえば、ある日の料理は、サケのマヨネーズ焼き。

 「サケをステーキのように塩、コショーしてソテーし、マヨネーズをかけてトマトやパセリをのせる」。これが、若い人にはすこぶる評判がよい。

 こうした地道なやり方で、「鮮魚については関食品」という考えがお客の間に定着している。

 近年、力を入れているのは、惣菜とすしのコーナーである。オリジナル惣菜は、まだ10数種類しかないが、これからの有望な分野とみている。また、すしについては、回転ずしが全国的にブームになってくるにつれて売れ始めた。競合店出店という逆風を乗り切って、今は、順風が吹いている。

 だが、関社長は常に他店を回って研究し続けている。

 「良い店を見学するのもいい。だが、数年前は繁盛していたが今はだめになったという店を見ると、勉強になる。床にタバコの吸い殻が落ちていたり、接客態度が悪かったり、業績が落ちる店には、それなりの理由がある。だから、どうしてその店がだめなのか。自分ならばどうするかを考える」

 商店経営者たちは、ともすれば、自店の業績不振を立地や景気のせいにしがちである。だが、自分の店が顧客の求める店になっているかどうか、冷静に見つめることも必要だろう。そこから、活路が開かれる。

繁盛店のノウハウ
☆大衆魚こそ、よいものを扱う。
☆視覚に訴える売場づくりをする。
☆「生鮮市」のように店の名物をつくる。
☆魚の日持ちや料理情報を伝える。
☆よいと信じたことは続ける。「継続は力」。

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