ホーム 目次

株式会社 相馬屋

福島県いわき市常磐水野谷町亀の尾134-7から (←下記取材内容)
2003年10月27日に店舗・事務所・精米工場を下記に移転
〒971-8111 福島県いわき市小名浜大原字東田33-1
電話0246-73-0078 FAX0246-73-3100

営業時間:9:00〜18:00(日曜・祝祭日)

   来店客はほとんどない。そんな立地を生かすにはどうすればよいか。選んだ道は、配達で固定客を増やすこと、全国へ向けて販売できる商品づくりをすることだった。総合食料品店の3代目に生まれた経営者は、米穀専門店に特化させ、いまや配達エリアは日本有数の面積を誇るいわき市の半分近くをカバーするまでになった。配達と宅配注文数は1日200件。古代米とミルキークイーンが30%強を占める販売がどうして可能になったのか、その成功の秘訣を聞いた。

 *(株)相馬屋のホームページ

 

佐藤守利氏、博美夫人

  
 ●まず存在を知らしめること
 
  (株)相馬屋の姿勢を示す言葉は「チャレンジと先取り」である。千里の道も一里からといわれるが、何代も続く米店でも最初の一歩のままにとどまっている店は多い。その点、佐藤守利社長(44歳)は、他人が手がけていないことに勝機を見いだし、とにかく前進をやめない。
 佐藤さんは店を継ごうとは思わずに、学問として仏教を学んだ。その後は、整体指圧師の資格を取得するために勉強している。一見して生真面目そうに見えるが、23歳のときにはギネスブック挑戦のテレビ企画で東京・愛宕山の急な階段を逆立ちで66段下って当時の日本記録を作った。そして腕相撲でも道場に通い、70kg級で日本一を目指した。人とは違うこと、目立つことが好きだったのだろう。

 昭和57年(1982年)に実家の総合食料品店に戻った当時、米の販売量は月30俵(1俵60kg)しかなかった。米専門店ではなかったが、米を扱う店としては市内250店中最下位だった。それを年末には100俵、2年目には月200俵、3年目に月300俵と業績を伸ばしていった。

 いくら良い店であっても、存在を知ってもらわないことには客が来店しないし、売れない。そこで、様々なサービスを盛り込んだ折込みチラシを作り、1万3000枚まいた。キャッチフレーズも「食べることだってファッションです」とアピールした。昭和62年(1987年)からは米と一緒に野菜を原価で販売するコメコメセールを始めた。このセールは現在も定期的に実施しているが、相馬屋をPRするための効果的な販売促進手段であり続けてきた。

 そして、20年後の現在、月3000俵の取扱いになった。店を継いだときからなんと100倍に伸ばしたわけである。

 ●思い切りが勝負を分ける

 20年間を振り返れば転機となった取り組みがいくつかあげられる。だが、先のことがわからず、ほかに誰も手がけていない段階で、これならば売れるとの確信のもとに先行投資をし、前進するのは勇気が要る。横並びの発想でなく、新しいことに挑戦したからこそ今日がある。

 昭和63年(1988年)秋、結婚と同時に米専門店に業態転換をした。当時、米以外の商品でも約5000万円売り上げており、反対もされた。だが、佐藤さんは考えた。「米はほかの商品と違って大量買いをしても仕入金額は同じ。これならば販売を工夫すればスーパーと同じ土俵で勝負ができる」

 そして、平成2年(1998年)に法人化(株式会社)し、現在地に25馬力の精米工場を新設して移転した。一般の米穀店では5〜10馬力といった設備だから、将来扱い高が増えることを見越して「大きな器」を用意していたともいえる。
  

 だが、ある程度知られるようになったとはいえ、移転した店は常磐自動車道・いわき湯本インターチェンジから15分、常磐鹿島工業団地に近いが周辺にはほとんど住宅がないという場所である。現に1日の平均来店客数は5人程度。「昨日は2人」と博美夫人が自嘲気味に笑う。

昭和57年当時、実家の総合食料品店

 ここは土地、建物ともに借りている。なぜなら自分の所有でなければ身軽に移れるからである。現に、店舗が手狭になってきていて、さらなる飛躍を期して移転を視野に入れている。

 お客が買い物にくる環境でなければ、お客の元へ配達で届ける。そのための最良のシステムを考える。そして、地域内だけを相手にせずに、全国を相手にできる商品力をつける。この2点を相馬屋では強化した。

 
 よいと思ったものに自信をもつ

 まず商品力についてだが、すでにすっかりおなじみになっている古代米とミルキークイーンを世に知らしめたのは、実は相馬屋である。
 業界紙で古代米のロマンをもつ「赤米」を知ってコレダと思い、その年、平成2年(1990年)には知り合いの生産者に栽培してもらった。翌年には「黒米」を栽培したが、食管法のもとでは販売もままならない。学校教育の教材に用いたりしたが、古代米の種モミを無料で配布したことが全国紙で取り上げられ、1万通も種を希望する手紙がくる始末。てんてこまいだったが、それでも「町のお米屋さん」としての活動が思わぬ宣伝効果を発揮することになった。

 出る杭が打たれるのは世の常。悔しい思いも味わった。だが、佐藤さんはかつて「一芸」で世界一を目指した経験をもとに、「いつも世界を見て、目標を定めていればつらいことにもたえられ、視野も広くなる」と考えた。
宅配の注文も数多く入る

 平成4年(1992年)には稲の元肥にハチミツを注入し、稲の葉に水で溶かしたハチミツを散布する「はちみつ米」づくりに乗り出した。甘さとコクがあるお米になるという。レモン果汁にはちみつを加えた飲料がヒントになった。

 同年、「緑米」を生花として東京の花き市場に出荷した。米の販売がだめならば花で売ってみようとの発想で1本1円のドライフラワーを売り出したが、収支は赤字だった。

 平成5年(1993年)には古代米を原料にした玄米酢を発売した。発売当初は売れなかった。

 ここまでの歩みで、もちろんすべてが成功したわけではない。だが、古代米の知名度は向上し、相馬屋でも1億円を売り上げる商品に育った。モダンな米店に行けば古代米のドライフラワーが飾られているのが一般的になった。

 相馬屋では、有名銘柄に左右されずに、よいと思う米を売り込むこともしている。たとえば新潟県の「魚沼コシヒカリ」1等米30kgと、完全無農薬栽培の「ミルキープリンセス」2等米30kgは同じ価格だが、同店では2等米であっても後者のほうが売れるという。魚沼コシならば他でも買えるが、「ミルキープリンセス」はここでしか買えないという思いが買い手に働くのだろう。

 ●高価格から裾野を広げる

 ところで「ミルキープリンセス」というお米は一般にはほとんどなじみがない。これは「ミルキークイーン」の改良米、いわば娘に当たるので、農業試験場の段階で名が付いた。佐藤さんは販売用に独自のネーミングを目下考慮中である。

 平成7年(1995年)新食糧法施行と同時に、小売店にも販売する仲卸業務を始めた。同時期茨城県つくば市の農業研究センターで知った「ミルキークイーン」を平成8年(1996年)11月東北で初めて栽培し売り出したことが飛躍の原動力となった。

 
 「出合って、食べて、感動しました。こんなにうまい米があるのかって。私は商売繁盛の秘訣は、お客様の苦情を取り除くことだろうと思っていたんですが、お米に関する苦情は、この前の米は粘りがなかったというのがほとんどだったんです。粘りのある米ならば売れるってずっと思っていました。ミルキークイーンは低アミロース米で、粘りがあり、冷えても硬くならないという特徴をもつ。こんなにおいしい米をどうして誰も作らないのかときくと、玄米が乳白色に濁っているから、見た目の悪い米ということで検査すると1等米にならない。そうなると誰も作りたがらない。名前の由来も玄米の色から付いたものでした。

 そのとき、私は考えました。日本人でお米を食べる人はいない。みな、ごはんを食べる。ごはんに炊くとピカピカで粘りがあっておいしいのに、お米で見た目が悪いからといって作らないのはおかしい。それならば、見た目が悪い醜いアヒルの子を白鳥にしてみせるから任せてください。そう言って帰ってきたんです。
ミルキークイーン

 今までの米と比べたら画期的にうまい米であっても、知らない人に薦めても誰も買わない。日本人は肩書きに弱いので、日本で一番有名なデパートで一番高い値段で売ったら売れるのではないかと思いつきました。無名だから売れないのならば、それを逆手にとって、肩書きのあるところで売ってもらおうと思い、売り込みに行ったのです。扱ってもらえたのはラッキーでした」

 5kg4000円。魚沼コシヒカリと同じ価格で販売された。当初は、友人知人にサクラで購入してもらって販売実績を少しでもあげようと涙ぐましい努力をしたが、そのうちに味が評判になって、そのデパートは支店全店で扱うようになり、他デパートでも取扱いを打診してくるようになった。

 生産者もあの米を作れば高く売れるということがわかり、米の消費低迷の救世主(米?)として急速に栽培が広まっていった。あまねく広い人に知ってもらいたいと考えた方式が、流通のトップダウン。裾野段階のスーパーとの取引ならば当初より安く買い叩かれて、生産者の意欲もわかなったことだろう。

「日本米の長い歴史でも、ミルキークイーンと命名された翌年の平成8年(1996年)に世に出てわずか数年で全国に広まったのも画期的でした。コシヒカリは昭和19年(1944年)に誕生し、昭和31年(1956年)にデビューしましたが、数十年後にようやく広まりましたからね」

 それも初年度は、はちみつ米の栽培を委託した、たった1人の生産者が生産しただけだった。ミルキークイーンが一気に広がった背景には、東北地方以南のどこで生産しても品質差が少ないということがあげられる。そして、炊飯も水加減さえ間違えなければ適度においしく炊ける手間要らずの米である。

 高齢化社会でおいしい米を望む消費者にも幅広く受け入れられた。また、ミルキークイーンだけではもちもちしすぎて食べにくいという人向けに、同店ではミルキークイーン40%とひとめぼれ60%をブレンドした米を売り出した。

 今では、米だけなく、生産者向けに種の販売まで手がけている。

 「私自身、自宅では胚芽米とミルキークイーンのブレンドを食べているんですよ。健康によくておいしい、一石二鳥です」
 ミルキークイーンは売上げの20%を占めるまでになった。

 ●得意先とともに発展を願って

 続いて、販売面にいってみよう。1日に数えるほどしか来店客はこない店なのに、ガラス戸越しに工場設備が見学できるような造りになっている。

 「ケーキ店やラーメン店で作っている様子が見えるのがよかったので、参考にした。ガラス張りだといつも清潔にしますから」
 
 見学者には「精米工程」を書いた紙を用意しているが、玄米から石抜き・精米・選別・包装まで11台もの機械を通し、0.001kgの精度で計量している。精米工場長の小宅博巳さんも、品質管理主任の加藤文紀さんも自社設備に誇らしげに説明してくれる。
 
 これらを販売するときには、様々なサービスを添えて固定客化を図っている。

 「次回お届けサービス」は、配達時伝票にこれまでの買上履歴から割り出した次回の配達予定日を記しておき、納得してもらえば割引特典を付けて次回配達する仕組み。枚数をためて好みの景品と引き換えられる「金シール」も次回お届け予約で10枚プラスされる。消費者の購買意欲をそそる試みをして、受注率は目標の80%に限りなく近づいている。

 また、年4回発行するチラシは、バラエティーあふれる企画でいっぱいだ。米の割引セールは当然として、新鮮な米ぬかプレゼント、贈答箱無料サービス、発芽玄米プレゼント、図書券プレゼント、試食モニター募集、宅配便半額サービスまで、隅々まで目を通したくなるチラシを工夫している。

 中でも好評なのは、満1歳の誕生日を迎える赤ちゃんの写真を掲載し、健康を願って毎月3人の赤ちゃんに1升もちをプレゼントするという企画。発芽玄米をプレゼントするコメコメクイズは「モーニング娘は何人」といった、家族で楽しめるテーマもある。

 このほか、相馬屋の米を扱ってくれている小売店27店は店主の顔写真、飲食店は店の写真や地図入りで、メニューや紹介文も添えている。

 「営業担当者が書いているのですが、店主の人柄が出るような文を書いてと注文をつけています。得意先が繁盛するということは、自分の店が繁盛するということですから」

 チラシには、親しみを感じてもらえるように、自店の営業担当者や店の販売員の写真も掲載している。従業員は大切な「人材」である。そこで、誕生日には休暇を与え、毎年5000円程度の食品や花を贈るほか、研修に積極的に参加させ、働きがいのあるような目標設定をしてもらっている。トイレ掃除は社長以下全員が交代で行うが、不浄の場所を清めることで、「洗心」の思いがするという。

 家業を継いでちょうど20年、ことしは節目の年である。「ここまでとてもよい経験をさせてもらった」。熱弁を奮う佐藤さんのかたわらで博美夫人がうなずく。
25馬力の精米設備工場

 相馬屋はことしの決算で10億円の大台を目指している。古代米の実験畑は、9月になると、神丹穂(赤色)、緑米(緑色)、紫稲(紫色)、花穂(黄色)、スーパーライス(黄緑)など七色に稲穂がたなびく。これからもまだまだ魅力的な新商品が登場しそうだ。
(2002年3月取材)

 

【取材を終えて】
 ミルキークイーンは名前を聞いたと思ったら、その年のうちにあっという間に広まったという印象のお米です。それが、相馬屋さんから始まったとは知りませんでした。お米の販売は食管法の関係もあり、古代米など新しいお米を販売することについてはかなりの苦労があったようです。いまではインテリアとして古代米のドライフラワーを置いているお米屋さんも珍しくなくなりました。「Be-pa」という雑誌で、古代米を%刻みで加えていって、どんな色のおにぎりができるかをカラー写真で示したページがあり、そのページを張り出しているお米屋さんもありました。古代米もかなり普及してきていますね。食品の業界って、どこかが成功すれば、すぐに追随するけれど(それは2002年のお茶ブームを見ればわかりますよね)、どこも手がけていない時期にパイオニアとなるのはものすごくエネルギーが要ると思います。人と違うことをする、そして、それを素早く決断して、スピードで実行する。そんなところに小回りがきくという専門店の強みを感じます。この店は、(財)食品流通構造改善促進機構の第11回優良経営食料品小売店全国コンクールで農林水産大臣賞を受賞した店です。ほかの大臣賞受賞店については、食流機構のホームページをごらんください。