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【安井氏プロフィール】
1950年2月東京都新宿区早稲田に生まれ、育ち、中学より大学まで早稲田に学ぶ。72年に稼業の食料品スーパー(株)稲毛屋に入社し、81年より代表取締役。91〜92年にPTA会長、93年早稲田商店会会長に就任。
96年に「エコサマーフェスティバル イン早稲田」を開催。同年11月には早稲田大学周辺の7つの商店会によるゴミ実験に取り組み「ごみからまちおこし」として各種マスコミの注目を浴びた。98年9月に空き店舗対策と環境対策をジョイントさせた施設「絵個ステーション商店会情報発信基地1号館」を行政の補助金ゼロで開設した。
西早稲田キャンパスを取り囲むように7つの商店会があり、ピーク時700店あった商店数が今では475店になっている。
★(娘が小学生5〜6年のときに、PTAの会長をして)
結論からいえば、やってよかった。人間はその立場にならないと見えないこと、わからないことを勉強させていただいた。早稲田のまちに育っている子供達の周辺環境を見ることができた。
★(PTA会長の後に、いろいろな役員依頼を断ったが、ついに商店会長を引き受けて)
なぜ引き受けたかというと、商店会組織をそれまで見てきて、会長といっても何もしないのでよいだろうと思い、引き受けた。しかし、何もしないことにも3年たつと飽きた。
★たいてい打ち合わせをしようと思うと若手を集めようとするが、若いからといって頭がカスカスなのは山ほどいる。フレキシブル(柔軟)な脳味噌をもったベテランの人もいるのだから、そういう人を集めたほうがよい。
★環境問題に取り組む前に、我々は東京都の清掃局からレクチャーを受けた。7400億円かけている新海洋処分場もあと10〜15年でいっぱいになると言われた。ゴミを10分の1に減らせば10〜15年しかもたないものが100〜150年に伸びるではないか。
★街が動くキーワードは楽しいことと儲かること(得すること)。得することというのは金銭だけではない。肉体的にも精神的にもあるのだということが、自分たちが動き出したときにわかった。
★今の子供達は必ず金持ちになりたいというが、金持ちになってどうするかときくと言葉が詰まる。この国では価値の基準が金銭しかないということがわかってきた。選択肢が一つしかないから、貧しい。どれを選ぼうかと選択肢が多いときに、人は豊かさを感じるものだ。楽しいことというのは遊び心、遊び心は知恵、知恵は知識の活用である。
★「自分たちの街は自分たちで守る」というのをテーマに組織を作った。これは自分たちだけでやろうということではない。自分たちから動き始めたときに、自分たちではだめだということを感じるということ。自分たちでは力が足りない。そこから行政、企業、団体、学校、PTA、大学、学生、いろいろな人たちとの緊密な連携の必要性を感じるだろうというのが我々のテーマ。市民参加のまちづくりでなければいけないのに、自分たちの住んでいるまちを役所や他人任せにしている。自分たちならば何ができるのかをお互いに話しあうことが大切だったのではないか。
★組合に何かをしてくれと求めるのは筋違い。組合を使って自分たちならば何ができるのだというところからスタートすべき。組合を使って、みんなで力を合わせる。情報が多ければ、知識も多くなる。いわゆる知識の活用であり、知恵が回せるということに気がついてくる。
★商店会の活性化とよくいわれる。「活」という字は、活きているという字を書く。自分の行く方向は自分で決めるということ。役所の補助金という点滴で寝転がって口をパクパクあけている店や商店会を、活きているとは言わない。自分のやりたいこと、売上をあげたい、利益を出したい、お客様を増やしたい、こだわったものだけ売りたい、家族との時間を大切にしたい――自分が何をしたいかを明確に感じている。これが活性化なのです。環境は身の回りのことから変わっていく、まちづくりは近所づきあいの意味なのだということを知るところから我々は変わってきたのです。
★昨年私どものまちに3つの中学校が修学旅行できました。修学旅行で商店街の見学など日本で初めてのことなので、我々商店会はきっちり対応しました。来年もという話になって、我々は修学旅行誘致事業部を作りました。近くの高級ホテルに宿泊受入先になってもらいましたが、ことし6月末まで修学旅行生は2672人宿泊し、ことし商店会に来た修学旅行生は26校1200人でした。我々は説明料として子供たち一人から1300円とり、その代わりに850円分、商店会の中だけで食事や割引券として使える早稲田のチケットを作りました。おみやげ品がないので、オリジナリティを打ち出そうとみなで考え、「ゴミまんじゅう」のアイデアが「五味まんじゅう」になりました。
★何か一つ動き出したときにいろいろなことに波及してくるのです。
★商店会は商業集積としての存在意義も理由もなくなっている。これから先は地域活動です。「あなたたちがいてくれたから、安全、安心」と地域住民に言わせるような地域活動をしなければならないのではないかと気づいたのです。
★商店会では互いの損得にからむので、総論賛成・各論反対になりがち。では我々はどうしたか。自分たちから一番遠いところから切り口をつけたのです。環境問題やまちづくりは自分たちから一番遠いところです。みんなが同じ方向を向けるわけです。
★小さなものが集まれば大きくなるんです。でも、弱い人が何人集まっても強くはなりません。むしろ、より弱くなる。弱い強いとは、自分はどうなりたいかということを自分自身が明確にもっているかどうかということです。
★三代続いた酒屋だからもう自分の代でやめるわけにはいかないというようなことで商売をされていたのでは、まちは困るのです。三代続いた時間の積み重ねのすばらしさを自分自身が正確にわかるということ。これは自分のところだけでやっていたのではなかなかわかりません。
★まちの宝は子供たちです。次の世代に胸を張ってバトンタッチできるまちを作る使命を大人はもっていたのだということに気づくのです。自分たちが元気で、いつもにこにこしていなければ、まちは動かなくなるのだということを自分たちが動き出して初めて知るのです。
★自分たちが動き出したときに、回りが見えてきた。日本中この国は宝の山だということが見えてきた。
★我々零細小売業は小売業、大手量販店は流通業なんです。小売業と流通業は土俵が違っていたのです。でも、問屋機能が流通業の中に組み入れられたために、我々は流通業の最末端に位置してしまった。
★我々はついこの間まで自分たちが使ってみて、食べてみて、自分たちが自信をもって説明できて売っていたものを置いていた。説明しなくとも売れるものを置き始めたところから我々の脆弱化がおこってきたと思います。全部の品物をこだわる必要はない。店の中の3割、この部分に自分の人間性をどうやって盛り込むか、こだわったものを扱うかということになるのではないでしょうか。
★そんなことをしてもお客はこない。それは動かないからです。動けばくるのです。お客さんは動いているものにしか目を向けないのです。
★地元の小学校(新宿区立戸塚第一小学校)では63人も子供が増えました。ディベロッパーがマンションを開発したからです。「あの環境のまち早稲田に住みませんか」と書いてありました。これは我々の活動の成果だと感じています。
★行動の伴わない議論は時間のむだ。やってみなければわかりません。何事も楽しそうだととらえることです。
★「うちは若手が育たない」。それは違います。育てるというのは期待するということです。正確に評価して、育てなければいけないのです。
★商店会長はいわばコーディネーターです。みんなで一緒に動くのではなく、できる人がおもしろがってやればよいのであり、みなで一緒にやろうなんてことは思わないほうがよい。
★大切なのは自分です。自分が動くことによってのみ、よくなる。こんなことをしたいというところがスタート。自分一人から始めることから、まちが変わる。「自分一人がやったって」と思うことがブレーキになっていた。このブレーキを切り離してみよう。このまちで生まれ育って、子供を育ててもらったのだという感謝の気持ちをもつことが大切。
●この後、野本要二さんより提案
野菜は自分で食べてみて売らないとだめ。食べているかどうかによって違ってくる。みなさんゴーヤをいくらなら売れると思いますか。たぶん100〜150円でしょう。だが、今よいものを売ろうと思うと200円になってしまう。私は今の時期はB品のLを150円で売っています。初めて食べる人にとって200円では「まずかったらどうしよう」と思う。でも、150円ならば、食べ方を教われば買ってみようという値段だ。自分で食べてみてA品とB品の味の差がないとわかったから、できること。みなさんも自分の売っているものを食べてみてください。そして、結果を教えてください。
野菜をだまって売ると客はわからない。きちんと「ハウスだから味が変わるよ」とか教えてあげるべき。こうやったらうまかったということを家でも食べてみて、仲間同士でも情報交換してほしい。
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