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学習品目:ネギ、白菜、葉玉葱、生椎茸 参考出品:ヤーコン、 スペアミント、スイートバジル |
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江澤正平先生の話
昨年を振り返ってみたら、バナナの話が抜けていました。バナナは季節感がなく、栄養が豊富なので、乳児食には一番最適です。植物防疫上の問題で、熟れたものは入らず青バナナしか輸入されていません。角張っているバナナばかりですが、完熟すると軸が丸くなってきます。1本ずつバナナをポリ袋に入れて売っているものから、房で販売するものまでいろいろありますが、なんでも安く売ればいいというのでなく、あそこのバナナはうまいよといわれるものを売っていただきたい。バナナは大切な果物だということを認識し、関心をもってください。
今日は農業について、話したいと思います。正式にいうと、「農業で育てたもの」についてです。農業は生き物を扱っています。生き物は人間が作ることはできません。育てているのです。種に水や肥料を与えて育てたものを我々が利用しているのです。
人類の歴史は300万年前、火を使うようになったのは50万年前、それでは農業はいつ頃始まったかといえば、1万年くらい前といわれています。それまでは、えさを探して取ったり、狩猟をしていた。縄文時代にはクリが主食になっていたが、それだけでは主食が足りない。それでいろいろ雑草を食べるようになり、人間が食べてもだいじょうぶなものとそうでないものとを見分けるようになってきたのです。
食べ物の情報は始めは口伝えだったかもしれないが、だんだん文字で書いて伝えるようになり、経験を積み重ねていくうちに栽培方法などもわかってきました。こうした積み重ねがあって、現在の農業は成り立っているのです。ですから、安売りされたり、粗末にされたりしている野菜を見ると、大切な野菜をこんなに粗末にしていいのだろうかと思います。長年の歴史の積み重ねを、特に大切にしていただきたいと思うわけです。
ハチの巣が去年より上の方にできたというと、農家はなぜだろうと考えます。暴風がきたとか、大水が出たとかの現実の動きと重ね合わせて考えてみるわけです。同じ畑で大根の種をまいたとしても出来方が違います。日本に古くからあった野菜は、シベリアのほうからきた人たちが日本で生活するためにもってきたものを、先住民もまねて食べ、改良を加えてきたものです。明治維新後も同様で、欧米人がもってきたものを我々も食べるようになった例がたくさんあります。
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ネギについては、韓国でネギを植えた人という民話があります。その時分、人間が牛を食べるどころか、人間を食べていた。それをいやだなぁと思った男が、よそはどういう食べ方をしているのだろうと他村へ行ったら、そこでは人間と牛とを分けていた。どうしてそのように分かれたのかと聞くと、ネギを植えたから人間と牛は分かれたのだという。それで喜んで戻ってきてネギを植えたが、その男は牛の代わりに食べられてしまった。けれど、ネギは残ったという話です。
韓国では、肉の調理にネギを大量に使いますが、ネギは臭みを少なくするのかもしれません。ネギと大根は神様からいただいた大切な野菜として神様にお供えする野菜でした。大嘗祭などの儀式には必ずネギが用いられますが、ネギ坊主は烏帽子に似ているので、橋の欄干などに描かれて崇拝の対象になっていました。室町時代になると、ネギだけをかついで売る人もいたほどです。蕪村や芭蕉の句にはネギについてのものがたくさんあります。 |
農家の人は1つの畑に多くの種類の野菜を作っていましたが、だんだん都市へ供給しなければいけなくなると、特定の野菜を効率よく大量に作るようになりました。そうすると病気が一斉に出たり、連作障害が起きたりするので、野菜農家でもお米で生活の安定を図っていました。野菜が安いときには補償してくれないと困るというので1960年に野菜供給安定法というのができ、生産地に指定産地を作って都市に供給するシステムができました。ところが、80年代になると食べ物が余ってきて、大量生産が壁にぶつかってしまった。食べ物については栄養、安全、品質の問題に入ってきたのに、生産はあくまでも野菜を物としてとらえて量のことしか考えてこなかったのです。野菜が食べ物として考えられていない。生産も、食べてどうなのかという考えなければいけないのに、たくさん作って金にしようという考え方でした。たくさん収穫できて作りやすくて病気に強いものにしよう。おいしそうに見えるように見てくれをよくしよう、規格が揃わないと困る、日持ちも必要ということが中心となって、食べてうまい、栄養がある、安全であるというのは欠如するということが続いてきました。
私は81年に会社をやめ、食べ物としての野菜を見直そうということでやってきました。85年にブルームレスキュウリができ、皮が厚くてまずいので、こんなキュウリはだめだと警告したのですが、きいてもらえませんでした。80〜90年、キュウリは野菜のトップだったのが、10年間で下がってしまいました。これはブルームレスなので売れなくなったからなんです。皮がかたいので塩が入らないから、漬物屋さんはブルームレスをやめて四葉を中国で作らせるようになった。だから漬け物のキュウリのほうがうまい。キュウリがこんなになって困ると今ごろ言っているけれど、なくなってしまったものを復活させるのは大変ですよ。八百屋を将来続けていきたい人はいいものはいいものとして大切に守っていかないといけません。安ければいいということで、なんでも安いものにしていくと、どんどん悪くなって食生活に響いてくる。93年の統計を見ると、日本では野菜を1人当たり120kg、アメリカは93〜94kg消費していたのが、98年にアメリカは120kg、日本は100kgで2割ダウンしている。アメリカの野菜はうまいかというとまずい、まずくても健康のためにたくさん食べている。だから、その点を考えると、いい野菜は大切にしないといけない。粗末にしていると体も粗末になっちゃうよ。
果物のうまいのは食べてみてわかる。野菜の場合もトマトはうまくないと売れない。カボチャもそうです。20年くらい前に江戸崎の人がうまいカボチャを作って高く売ったので、カボチャのうまいものはずっと続いてきている。
行政も野菜を食べ物扱いしていない。全農や農協もそうだ。食べ物を作ってお金をとるという考え方がない。スーパーも見てくれと値段だけで、食べ物として扱っていない。効率性だけでは通用しなくなってきている。生協は農薬については敏感ですが、やはり食べ物としての感覚が薄い。外食は加工しやすい野菜を使って調味料で味をごまかしている。だからこそ八百屋さんがいいのです。
今食べている野菜は、何千年という人間の知恵の賜物です。農業は食べ物を育てているから大切なのだとご理解いただきたい。
農業のしかたとしては、水耕、ハウス、露地栽培があるが、露地栽培が一番うまい。自然条件で気象や気候風土の影響が大きいだけにそれらを乗り越えてできたものについては大切にしなければいけない。溶液栽培は簡単に栽培できるが栄養価が薄い。露地栽培だと紫外線に当たるが、活性酸素に対する対応力が強いので、紫外線に当たった野菜を食べるほうがよい。そういう点で露地の野菜はできるだけ大切にしてほしいと思います。
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