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学習品目:ナバナ、ホウレンソウ、コマツナ、シュンギク、雪菜
*当日はスプラウト(レッドキャベツ、ブロッコリー)、そばの芽、行者ニンニク、オニオンヌーボー、サラダオニオン、越冬ジャガイモ、青パパイヤなども参考出品された。 |
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江澤正平先生の話
環境破壊が世界中で問題になってきているが、どういうことなのかをはっきり認識しておく必要がある。人間が地球の環境を破壊しているのに、「環境にやさしい」という言葉を使うのは、人間のおごりである。
今、1年間に地球全体で87億5200万トン(2000年、石油換算)のエネルギーを消費している。地球ができたのは46億年前で、30億年かけて地球の周りにオゾン層ができ、ようやく人類が陸にあがれるようになった。ところが、30億年かけて形成してきたオゾン層を人間がどんどん破壊していって環境を悪くしている。オゾン層は生物細胞中の核酸を壊してしまう太陽紫外線放射が地上に侵入するのを防ぐという大切な役割をしている。だが、南極の上のオゾン層は穴があいていて、そこからはストレートに有害な紫外線が入ってきているそうだ。
海に流れ込んだ農薬や化学肥料をプランクトンが食べ、それを食べた魚の体内に有害物質が入っていって血合いにたまる。それを人間が食べるという食物連鎖になっているので、ダイオキシンの心配なども出てきている。人間が環境を汚しているのに、地球にやさしく、なんてことはとてもいえないはず。
環境を守っていこうということで、1999年に京都で国際会議が開催され、京都議定書が作られたけれども、各国の思惑がからんで足並みは揃っていない。しかし、環境問題はこれから大切な問題になっている。 |
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【有機認証制度】
菜っぱ類は、野菜の中でも特に大切な野菜で、厚生省でもわざわざ「緑黄色野菜」と分類している。
菜っぱの場合、以前は神田市場でも中身を詰め替えて有機農産物と偽る人がいた。それでは消費者が困るというので、有機農産物ガイドラインができ、さらにJAS規格ができた。
野菜でも無肥料というわけにはなかなかいかない。食物の成長には、栄養成長と生殖成長の過程があるが、栄養成長のときには窒素肥料が必要になる。無肥料だと葉が黄色くなるし、多すぎると色が濃くなる。硝酸体窒素は葉の色に出てくるが、少ないにこしたことはない。
現在の有機栽培認証制度のもとでは、有機栽培の生産者たちは硝酸体窒素をどのように減らしていくかを考えている。どれくらい施肥するかは、土壌や天候で違うが、食べ物として出すからには相当注意しなければいけないと思う。
できるだけ農薬は使わないほうがいいが、野菜全体からみると農薬を使っていない野菜の流通は1%くらいしかない。かつて組合青年部で無農薬栽培のダイコンやニンジンを一部扱ったが、安全性については消費者も、販売者も関心が薄く先細りになってしまった。生協は安全性に気を使っているので、素直に学んだほうがよい。
農薬の使われ方でも一つの基準があることを気にかけてほしい。農薬や硝酸体窒素について情報をきちんと出しているところのものは、よそよりも高く買ってあげてお客にも伝えていってほしい。安全性については注意したほうがいいと思う。衛生検査をする場所が市場内にもあり、農薬についても年間80回くらいは検査しているが、残念ながら情報が開示されていない。これらの情報を消費者まで知らせるようにすることが大切だと思う。
でたらめをすれば、長年実績を積み上げてきた企業でも歴史や信用がガタ落ちになる。表示に関するニュースからは、嘘をつく、ごまかすことがいかに信用を失墜させるかを学ぶ必要がある。環境問題に対して率先した参加を心がけていってほしい。
【流通の問題】
戦後、日本が高度成長をする1960年以降になると、農業が飛躍的に発達し、生産することと食べることが離れてしまった。多収性で、作りやすく、病気に強いことが重視されるようになった。流通は生産と消費、2つの文化をつなぐはずなのに、いつしか品物が揃っているとか、日持ちがよいなどの、流通しやすいことが求められるようになった。
今の消費者は外観で判断するので、おいしい野菜がわかっていないことが多い。ブルームレスのキュウリがとれたてだと勘違いする消費者が多く、そうやってまずいキュウリが増えたおかげで、キュウリの消費そのものがだめになってしまった。逆に、「江戸崎」みたいなものが出てくると、カボチャ全体がよくなるということも出てきている。
野菜のおいしさを知っている消費者が少なくなったので、流通業者が教えてあげなければいけない。スーパーの自動販売機的なセルフ販売ではだめだし、生協は栄養や安全性のことについては熱心だが、あまり味のことにはこだわっていない。八百屋さんががんばらないといけない。
流通をひもといて考えてみると、かつては自給自足だったのが余ったものを物々交換するようになり、交通の要所に宿場ができ、市場ができるようになった。そのうちに、販売を頼まれた人が売るというように仕事が分化されてきた。江戸時代、神田市場には将軍の出張所があり、そこで必要なものを取っていったそうだ。市場用語の「なやみ」とは、将軍のお納屋に持って行かれても困るということから出た言葉だ。将軍はハシリのものを食べるが、静岡県清水市の三保の松原あたりでできたナスは駿河湾を渡って将軍に届けられたもので1個1両ぐらいした。「一富士、二鷹、三なすび」というのは、そこからきている。当時、農家は作るものを指示され、勝手に作ることはできなかった。明治初期になって何でも作れるようになってきた。
(明治から戦後にかけての話は省略)
戦後、昭和40年代にスーパー、生協が発展してきたが、現在は大量販売がだめになり、消費者の側も大家族から小家族になって食生活が変わってきた。今は転換点にきている。
生産者も作りやすいものを大量に作って売ればいいというのではやっていけなくなる。生産者も小売店も元気なところは消費者対応を考えている。継続的にやっていける方法を考えないといけない。
今こそ小売店が結束していかなければならない。ボランタリーチェーンのような活動をすれば大きな力になると思う。だから、よく勉強していただきたい。自分の店に誇りをもっているという言葉をきくとうれしい。
【野菜について】
コマツナはカブナ、カラシナ、タカナなどいろいろあるが、雑煮には欠かせない野菜である。コマツナのうまいところは軸で、昔のコマツナは軸がやわらかで甘みがあった。ところが、やわらかいから折れやすいし、細かな袴が結束するときにじゃまだというので市場の連中がやわらかなコマツナをなくさせてしまった。昔は丁寧に扱ったものだが、今は農家でも丁寧に扱わない。とにかく儲かればいいと考えるようになってしまった。
チンゲンサイやタァサイの血を入れると太くなってしまうし、チンゲンサイの血筋が入るとうまくない。だけど、まずくたってなんだって太くて折れにくければ売れるからいいんだとなってしまう。だから、軸がやわらかいものは大切にして、取り扱いも丁寧にして値段も考えてあげてほしい。ハウスのほうが見た目はいいが、露地のほうがずっとおいしい。それなのに値段が安い。うまいほうが値段が安くて、まずいほうが値段が高いのはおかしい。いい生産者は大切にしていくべきだ。
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激安なんかを売り物にしていたら、何千年もかかって培ってきた野菜文化が日本になくなってしまう。野菜を塵芥(ちりあくた)のように扱うのは本当に悲しい。生産者が作りづらいから他のものにすると言ったときになぜ止められなかったのか。もっと大切にすればよかったと後でほぞをかんでいる。野菜は文化財。だから、塵芥のように扱ってはいけない。それでは消費者が大切に扱わない。
ホウレンソウは東洋種と西洋種がある。東洋種は葉が薄くてギザギザの形をしていておひたしにするとよい。西洋種は丸く、肉厚なので炒め物によい。今は掛け合わせているからそうでもないが、肉厚のほうは以前は泥臭かった。料理のしかたによって適するホウレンソウが違うので、時期に合ったホウレンソウを選んでほしい。
八百屋さん自身が食べて販売していないから、話が地についていないんだ。ちゃんと食べて販売すれば、八百屋さんは本当のことをいってくれると信用が出る。
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