|
学習品目:ネギ、レタス、みず菜、いちご、デコポン、パイン
●江沢先生の講義
安全性の問題についてだが、市場衛生検査所で市場を通るものを検査している。最近の無登録農薬問題などに関しても卸売会社は各産地からそれらを使用していないという証明書をとって、それらを必要とする業者には情報提供している。みなさんもどこの産地の何が検査されて、結果はどうなっているかということを知る必要がある。そういうことを組合を通じてきちんとやってほしい。そうすれば、お客から聞かれたときに市場はこのように検査していて、市場を通るものは安全ですよと具体的に話ができる。
最近、勉強している人は、「食品商業」などの専門雑誌を読んでいる。確かに品揃えや販売方法などを全体的に把握する意味ではよいだろう。だが、欠点としては専業店(ただ商品を売るだけ)に限っていることだ。専業店が全部いけないというわけではなく、専門店としての視点を加えていくこと。食べてみてどうなのかということは、専門店として独自に学んでいかなければいけない。
今日は、小売屋さんの歴史の話。みなさんは自分の店の歴史はわかっているだろうか。組合の支部とは、どうしてできたのか。これは戦中に統制経済になったときに警察単位に再編成されたのがずっと続いているんだね。
小売商組合ができたのは1921年(大正10年)だが、その時分の小売屋さんは、問屋からが身分が下に見られていた。昔は問屋からの歩戻しがあった時期もあるのだが、問屋が勝手に歩戻しをなくしたことがあった。それで小売商組合の初代理事長大沢常太郎さんをはじめとして八百屋さんの地位の向上を図ろうということになった。
 |
1918年(大正7年)の米騒動をきっかけとして、労働者階級が組合を作って要求する動きが出てきていたから、青果商としても組合を結成するというような動きが当然起きてきた。問屋側には問屋組合があるので、交渉は決裂してしまった。すると、青果商たちは神田市場の問屋からは買わない、周囲の問屋から買う(神田市場以外に36くらいあった)ということで争議になった。問屋のほうも自分たちで荷物を大八車に乗せて消費者に直接販売するという動きになったが、そんなのは長続きしない。結局、問屋は負けて歩戻しをするということになった。当時の青果商組合は、八百屋の地位向上ということで運動をしたわけだ。だから、運動をしないと力にならない。停滞しているとだめ。そういう意味でも、八百屋塾は青果商の地位を向上する、能力を向上するためのひとつの運動だといえる。 |
大正の終わりから昭和の初めにかけては今よりもっと不景気だった。そういうときにどうしたかというと、青果商組合としては、3町以内に八百屋を置かないようにしようという動きになった。失業者が多く、八百屋はリヤカーひとつあればなんとかやれる商売だったからだ。八百屋にとっては骨の折れる苦しい時代だった。
中央卸売市場が施行されたのは1923年(大正12年)、関東大震災の年。その後神田市場は1935年(昭和10年)中央卸売市場として業務を開始した。米騒動をきっかけに食糧の安定供給を図る目的で中央卸売市場ができてきたのである。神田市場には昔からの問屋が250軒くらいあったが、中央市場になると、ロットがキャベツ20ケースといった具合に大きくなり、青果商たちは買いきれなくなった。卸売市場ができたために買えなくなったという店も出てきた。そこで仲卸的な役割が必要になったのである。
やがて戦争になると配給制になって値段が決められるようになった。すると、仲卸は不要になり、卸か小売の組合に入ることになった。青果物だけでなく、糸や針まで配給になったが、それらを監視するのは警察の役目だった。経済警察という部署が作られ、小売屋さんは警察単位に組み替えられて支部ができた。支部というのはそういうなごりである。卸は統合されていたし、軍や病院は優先的に配給が行われていた。当時の八百屋は市電やバスにのせて荷物を運ばせられた。八百屋さんたちはそういうことも乗り越えてやってきたんだね。戦後、1949年(昭和24年)くらいになると統制がはずれ、いろいろ買えるようになった。だから、昔の中央市場は相対売りが中心である。
戦後は、小売商の意向が強くなり、彼らの意向を無視しては仕事ができなくなった。1971年(昭和46年)に市場法が改正されるころまではそうだった。そのうちにスーパーが力をつけて増えてきた。仲卸があったほうが便利というので認められたのは戦後になってからで、今ではスーパーの多くが仲卸を利用するようになってきた。すると、小売屋さんの扱う量が少なくなってきたので、量を多く買っても安くならない現在の市場法を改正しようという動きが手数料の問題を含めて出てきた。
こういう時代になると、産直をどう考えるかという問題も出てくる。生産者は安全やおいしさなどわけあり商品として直販してきた。これは既存の流通では認められなかったから、産直のほうが商売しやすいということもあった。だが、生産者にとっては自分の得意でない流通を手がけるわけだから、素人ではなかなか難しい。それで、「もちは餅屋」なので、市場に任せたほうがいいと考える生産者も増えてきた。消費者も産直で多く買って腐らせるよりも、必要なものを必要なだけ買うというように変わってきている。卸は生産者の販売代理店なのだから、生産者と組んでできるだけお客に向くようなものを出していかなければいけないし、小売屋さんはできるだけ販売に重点をおいてやらなければならない。
だから、小売屋さんたちは忙しさを理由にせずに、勉強しなければならない。気の合った青果店グループで、まじめで能力のある仲卸を確保して仕入をある程度代行してもらうとかして、自分の時間を作り出さないとなかなか専門店にはなれない。全農が大田市場を撤退して荏原青果へ移ったが、全農と荏原青果両方を足した売上規模の卸ができるかというとそういうわけにはいかない。築地の2社は合併しても昨年の売上から下がっている。これはそれまで競争していたのが、競争しなくなったからともいえる。千住青果や東京青果などきちんと活動して好業績をあげている卸もあるのだから。産地も市場も変わってきている。他市場や仲卸を使ってもよいのだから、今来ているお客にこたえられるような状況にしなければいけない。
みなさんのお父さんやおじいさんが元気な間に、戦中戦後の八百屋がどうだったか、いろいろな歴史を聞いておけばよい。そうするとコミュニケーションを図ることができる。青果店の人数は減ってきてしまったけれども、街の中で役に立つ小売屋さんでいてほしい。
引き続き江澤先生の商品解説
【レタス】
アメリカでは、ロメインレタスのほうが栄養があるというので、ふつうのレタスからロメインに移っているという話を聞いたが、日本で成分分析すると、ちょっとレタスそのものが違うようだ。
【ネギ】
 |
ネギはナス、サトイモ、大根、カブなどに比べても古く、1000年以上前から日本に入ってきている。
ネギは、1)冬になると伸びない。休眠するように冬の寒いときにじっとしているネギと、2)冬でも平気、3)その中間、と3種類ある。
「越津(こしづ)ねぎ」は、青い部分まで食べられるネギで、主に名古屋地方で生産されている。「下仁田ねぎ」は煮て食べるのにはいいが、生で食べるのには辛い。焼いて食べるとうまい。熱を加えると甘みが出てくるから、青菜部分もおいしく食べられる。だが、外観は同じようでも「だるまねぎ」などはすぐ煮くずれし、太いから傷みやすい。矢切の渡しあたりでもネギが生産されているが、市場には出てこない。千住ねぎという名称であっても、越谷あたりで生産されている。
ネギは非常におもしろい野菜で、風邪をひいたときにネギを焼いて食べるなど薬用にも用いられている。また、天皇が即位するときの大嘗祭にはダイコンとネギを賢所に祀るとされている。
俳句や和歌などにはネギが数多く登場し、芭蕉の句には「葱白く洗い立てたる寒さかな」という句がある。このほか、ネギにまつわる落語には、「一文字」や「ねぎま」があり、庶民にとっても大切な野菜であったことがわかる。 |
|
愛知の「越津」ねぎ |
泥ねぎはネギのうまさを守っているので、ひと皮むくとおいしくなる(ネギの皮は5〜6枚)。ネギは土をかけて白くするのだが、土をかけないのが「白美人」。
形は同じでも外観だけで野菜は判断できないから、どれを仕入れたとしても食べてみないとだめ。メジャーになっても味が落ちないものはあまりない。
【みず菜】
みず菜は京野菜ではりはり鍋によく用いられる。みぶ菜は漬物にする。最近、京都ではみぶ菜よりみず菜のほうが多くきている。みぶ菜は苦みがあって、生で食べるのでみず菜のほうが需要が多い。
沢田先生(東京青果個性園芸室)の解説
【レタス】
日本ではレタスは生で食べるという意識が強いため、アメリカのロメインに比べると軟弱な作り方にならざるをえない。これから消費をしていこうという若い人に対して、煮たり炒めたりする料理方法を教えていくのは有効だろう。炒めたものはシャキシャキ感があるし、スープに入れても煮崩れがしない。
【ネギ】
 |
用途別にすすめてほしい。煮たら甘くなっておいしい下仁田ネギ、生で食べても香りが薄いので食べやすい九条ネギなど。
産地と特性をきちんと把握したうえで用途別にお客にすすめることが大事。愛知の「越津」ねぎは葉ネギとふつうのネギの中間品種で用途万能、葉も茎も食べられる。みそ煮に使っているのもほとんどこの品種である。
名古屋の北部で作られているが、通常のネギと作り方が違い、日光を遮る形でやわらかさを保っている。愛知県としては門外不出にして地元の野菜として大事に育てていきたいという意向はあるが、2002年から週3回大田市場に入ってくるようにした。 |
|
下仁田ネギ |
|
【みず菜】
 |
関東産と関西産の食味を食べ比べていただきたい。キユーピーマヨネーズがリーフレットを作成し、サラダとして提案している。
みず菜は京都の野菜の中では急激に拡大してきている。白菜のように重くないし、鍋でもサラダでもいいという簡便さが消費者に受けた。茨城、千葉、埼玉も周年供給できる態勢になっている。 |
|
京都産のみず菜 |
|
【果物】
 |
イチゴの「あまおう」は大玉で甘味が強い福岡県期待の新品種。「とよのか」が長い間支持を受けてきたが、品種の年数がきたということで、秀品化率が悪い、色がよくない、日持ちしないという欠点に対応して生まれた。「とちおとめ」は栃木県が力を入れている。
「デコポン」はポンカンと清見をかけあわせたもので、とても食味がよい。主産地の熊本県は糖度センサーを導入したので、ばらつきを克服したと自信をもっている。
「フィリピン産ゴールデンパイン」はデルモンテ産で、ジュースが多く甘みが強い品種。食味がよい。
*このほか年末年始のイチゴの見込み等を説明(省略)。
|
|
あまおう |
|
この日試食した野菜と果物
1 深谷ねぎの焼いたもの
2 深谷ねぎの煮たもの(斜め切り)
3 下仁田の煮たもの
4 越津ねぎの煮たもの
5 そうめんに九条ねぎと下仁田ねぎを各々かけたもの
6 赤ねぎの煮たもの
7 セリ生
8 京都産と茨城産のみず菜、各ゆでたもの
9 京都みず菜の塩漬
10 茨城みず菜の塩漬
11 千葉産ローメインレタス生
12 千葉産リーバーグリーン
13 新潟産ル・レクチェ(西洋梨)
14 熊本産デコポン
15 栃木産、茨城産とちおとめ
16 熊本産あまおう
16 たけのこいも(参考出品)
17 だいこん、ニンジン、キュウリ、セロリの漬物
荒井先生の料理報告
上記の17について荒井先生より説明。また、正月料理のヒントにと配られた資料のうち、「紅白なます」について補足説明があった。
みそヨーグルト漬け
みそ90g+ヨーグルト20g
ポリ袋に入れて混ぜて床を作る。胡瓜、カブ、大根、人じん、セロリなどおいしく早く漬かる。早く漬かりたいときは切り割って2〜3時間 あとの床は2〜3回でゆるくなるので実だくさんの豚汁や粕汁などに入れると良く、鯖や鰯の味噌煮によい。殊にセロリを漬けた後が臭い消しに効果的です。
正月料理の紅白なます
ニンジンはビタミンC破壊酵素があるので大根とまぜて塩をしないでほしい。別々に塩にあてて絞って、ニンジンに甘酢を少しまぶして酵素の働きを止めてからニンジンと混ぜるようにしてください。
今日の感想
ネギの試食は下仁田ネギが甘かった。次に赤ネギ。煮ると甘いものは薬味には向かないということですね。みず菜は京都のほうが風味、やわらかさがあった。ロメインはレタスの親戚なんだろうけど、生だと軸のほうが甘いのでわかってくると一般向けするかもしれない。
「あまおう」は、この間市場に入って食べたけど、粒が大きくなったほうがおいしい。
下仁田ネギはやわらかすぎて甘みがくどいのできらい。埼玉のネギは薬味にしても煮てもよいのでおすすめしたい。九条ねぎなど関西系のものは、あまり自分には合わない。ロメインレタスは数年前から、リーバーレタスは去年より扱っているが、これからの商材だと思う。
ベジフルセブンの活動は、できれば八百屋さん(たとえば江黒さんなど)が広告塔になってくれればずいぶん効果が違う。江澤先生の存在も世間の方にアピールしたい。
ベジフルセブン運動について
この日は、江澤先生の講義の前に、江黒さんからみなに相談があり、次のようなやりとりがあった。
江黒さんの話
これまで「ファイブ・ア・デー」運動を推進してきたが、2002年6月に青果物健康推進委員会という組織ができ、2003年2月4日に総決起集会を開催、4月より活動を開始することになっている。この団体は農水省からの助成を受けて国と民間団体が一緒になって国民の健康のために運動を推進しようとしているが、ファイブ・ア・デーで提唱している5サービング(1サービング70gで350g)では少ないとのこと。そこで、7品目で700g(野菜350g、果物200g、いも類・きのこ類・海藻類など100g)をとることを目標に掲げ、「ベジフルセブン」として4月から運動を開始する。この活動には東京都商業協同組合をはじめ、全国の卸売会社やスーパー(イオン、ダイエー、マルエツ、イトーヨーカドーなど)も参加し、CDも2月には出す予定。
次には一般の消費者に広めていくことが重要だが、ポスターやチラシでは認知度が低く、大型店の店頭に貼ったとしてもどの程度アピール度があるか、効果のほどはわからない。そこで、対面販売で消費者と接しているみなさんに、この運動を広める手助けをしてほしいというお願いがきている。
八百屋塾の生徒は専門知識を幅広くもっている。そこで、八百屋塾の生徒、本部青年会のメンバーなどに、青果物健康推進委員会認定の「ベジフルセブン健康応援団(仮称)」や「ベジフルセブン マイスター(仮称)」といった公の機関からの認定証を差し上げて活動をしていただけないかという提案がある。賛同が得られれば調整をしていきたい。(ここで一同より賛同の拍手)
賛同が得られたので、フォロー態勢についてはこれから検討させていただく。
野本さんからの意見
そうした運動をすることは結構だが、それをいかにみなが一生懸命やるかどうかにかかっている。ヘタをすると逆効果ということもある。江東区の我々青果商は江澤先生にご指導いただいて、「やさい・くだものよろず相談所」の旗を72店に配った。だが、実際に自信をもって掲げているのは10店あるかどうか。マイスター制度の認定は結構だが、掲げた以上は責任をもってほしい。知識だけではない。この病気に何がいいのかときかれたときにすぐに答えられるかどうか。そうしたことまで今後問題になってくる。お客が要望している部分に対しては必ず答えを出すというようにきちんとしないと掲げた意味がない。それらを踏まえたうえでやってほしい。
それに対して江黒さん
今後何十年と続く運動の中で、認定証をもらったからには責任が生じる。だが、今回の運動を成功させることは、八百屋塾飛躍のための足がかりになり、八百屋塾で学ぶ人たちにとって社会的ステータスを上げる良い機会になると思う。その意味からもぜひ協力してほしい。
江澤先生
専門店は食べ物屋でないといけない。食べ物屋はたくさん食べてもらうと発展する。今回の役目を引き受けたとしても、わからないことはたくさん出てくるはず。それらをわかるようなシステムにしていかなければいけない。商売を一生懸命すれば役目は果たせる。
|