■芦澤正和先生の話
◇F1は雑種第一代
「F1」のF は、Filialの言葉から最初のFをとり、その一代目ということでF1となりました。よく一代雑種と言いますが、雑種第一代が正しく、一代雑種とは別のものです。
◇一代雑種とは・・・
ラバは粗食に耐え、力が強く、おとなしくて家畜として非常に大事ですが、馬とロバ別々の種類のものを掛け合わせているので子供ができません。子供は一代雑種があるだけで、二代雑種、三代雑種などはありません。ライオンとトラの雑種でタイゴンとかライガーがあり、ヒョウとの雑種もありますが、それらは子供ができないから次の世代がとれない、それが一代雑種です。
種子なしスイカもその意味では一代雑種です。種子なしスイカは4倍体のスイカに2倍体のスイカを交配してとるので果実の中に種が入らない。ですから、種なしスイカの二代雑種、三代雑種はありません。種なしスイカの場合、実をとらなければいけないから、種なしスイカの栽培では必ず受粉樹といって花粉を出す普通のスイカを混ぜて作って実をならすわけです。ですから、種子なしスイカもある意味では一代雑種で二代目はとれません。
◇雑種第一代とは・・・
雑種第一代の場合、種をとろうと思えば種はいくらでもとれます。ただし、それを作ってもF1(雑種第一代)はとれません。
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ただ、この場合は雑種第一代からF2(雑種第二代)、F3(雑種第三代)と、とる気ならば順番にいくらでもとれます。一代雑種は一代限りということです。
マメ科とキク科を除き、重要な野菜はほとんど全部F1になりました。マメ科とキク科は自家受粉するからF1がとりにくく、人工的に交配すればとれますが、それではとても種が足らず、採算ベースに乗らないという理由で種苗会社は手がけていません。
中国のコメの主体はF1になっていますが、自家受粉するので、別の親の花粉をかけるのに大きな扇風機を回して花粉を飛ばしたり、かけるときに水田の両方から紐を引っ張って花粉をかけたりなど大変苦労しています。日本ではとてもそんなことはできません。 |
レタスやシュンギクはキク科ですが優性不稔が見つかっているので、やがてF1を作り出すかもしれません。
■ジャガイモ
◇新大陸から広まるのに長期間かかった
イモ類のジャガイモとサツマイモはともに新大陸原産です。インカ帝国を滅ぼして黄金を手に入れようとしたスペイン人が、黄金に目がくらまずに、ジャガイモを押さえて世界中にジャガイモを売り込めば儲かったのではないかと後々いわれました。
サツマイモも同様で、サツマイモを押さえれば、食糧難の所に売って大金持ちになれたはずですが、金に目がくらんだ人たちはジャガイモやサツマイモには目を向けなかったのです。
しかし、それは単なる“お話”で、実際には新大陸から旧大陸へ運ばれて、現在のようなジャガイモになるまでに長い期間経ち、手間もかかっています。サツマイモも同様です。
現在ジャガイモ、サツマイモがなかったら、世界中の食糧がどうなるかわからないほど非常に大事な食物です。このため、新大陸の役割は非常に大きかったわけです。
新大陸からきたトウモロコシも穀物の中では大きな役割を果たしています。トウモロコシがなければ現在の畜産は成り立たないような状況です。新大陸原産で、ヨーロッパに持ち込まれてやがて世界中に広まった野菜としてはピーマンがあり、トウガラシはいまや香辛料として重要な役割を果たしています。
ジャガイモやサツマイモは普及するのに時間がかかりましたが、トウモロコシやトウガラシ、ピーマン、特にトウガラシはあっという間に世界中に広まりました。東南アジアや韓国の料理はトウガラシがないと成り立たない料理のはずですが、それが伝わってから数百年しか経っていませんから、根本的に料理の形態が変わったのではないかと思います。そうした意味で新大陸、特に中央アメリカ、南アメリカの北部は非常に大きな役割を果たしています。
イモ類の中ではジャガイモとサツマイモが新大陸原産ですが、サトイモはおそらく熱帯アジア、東南アジアが原産だろうといわれています。
◇官庁用語では馬鈴薯
ジャガイモはナス科ナス属の植物で、ジャガイモの花を見るとナスとほとんど同じ花を咲かせます。色は赤や白で、紫色の花もあります。一般にはジャガイモ、サツマイモと呼びますが、官庁用語ではジャガイモは馬鈴薯、サツマイモは甘藷と呼びます。園芸学会ではジャガイモ、サツマイモですが、作物学会では馬鈴薯、甘藷です。馬鈴薯という表現方法をジャガイモに変えようというだけで国会を通し法律を改正しなければならないわけで、現状は状況に応じて使い分けされています。
特に馬鈴薯の場合、ウイルス病が入ると致命的な影響を与えるので、そのウイルスが広がらないように国の馬鈴薯原々種農場があり、そこでウイルスのついていない種を作って管理し、ジャガイモ生産農家に配布するような仕組みになっています。馬鈴薯の原々種を作る原々種農場は、法律で決められているので、官庁用語では当分の間、馬鈴薯のままだろうと思います。
なお、馬鈴薯は馬がつけている鈴に似ているので馬鈴薯とつきました。
◇新大陸からヨーロッパへ
ジャガイモは南アメリカ原産でアンデスの山の中で生まれたものです。南アメリカの人は昔からこれを食べていたわけで、ジャガイモが野生のものから栽培のものへ移ってくる過程は明確になっていて、これとこれが親で、これに他のイモがかかってこういうジャガイモの形になったのではないかというようなことがわかっています。ジャガイモの元になった野生種は現在品種改良の非常に大事な材料になっています。品種改良といっても、食味をよくするためではなく、病気に強い、虫に強いといった品種を育成する時の一番大きな材料になっています。1492年コロンブスがアメリカ到達後にジャガイモはヨーロッパに伝わり、やがて南蛮船により日本へ入ってきます。ジャガイモという言葉は、インドネシアのジャカルタから転じ、ジャガトラからジャガイモになったといわれています。
アイルランドではジャガイモは食料の中心になるほどに大事な作物でしたが、そこへ疫病が入ってジャガイモが全滅したために、餓死者が大勢出て人口が激減するという壊滅的な被害を受けました。このため、新天地を求めてアメリカへ移住したアイルランド移民の子孫の中から有名なケネディ大統領が出たというのはあまりにも有名です。
◇主食から野菜へ。加工用の役割が減る
ジャガイモが本格的に栽培され始めたのは、明治時代に入ってからです。ある時期、主要な食料として、さらにいろいろな加工原料として使われ、作付面積が非常に大きかったのですが、食料事情が安定し、加工原料としての需要が減ってくるにつれて、作付面積は減り、主体は食料としてのジャガイモだけになってきています。
ジャガイモの統計も、1990年までは作物統計でしたが、1991年から野菜を扱う部門に移りました。ジャガイモは食用として、主食でなく、現在は野菜用として使われているのが大半です。
作物統計に出ていた時には、澱粉原料、種イモ、飼料用、農家自家用という分類でしたが、現在は、種イモ用、加工用、食料の3つに分かれています。1998年の統計では全生産量の61.6%が食料となっていて、加工用としての役割はほとんどなくなっています。
種が大きな比重を占めますが、ジャガイモはイモを2〜3つに切って植えていき、それが10〜20個の形に増えていくので、種イモが占める比重が非常に大きいわけです。コメは1粒の種から多くの量が生産されますが、ジャガイモの場合イモそのものが種になるので、種イモの比重が多いわけです。統計に出てくる数字の後ろに「減」と書いてあるのは、「減耗」の意味で、貯蔵している間に腐ってなくなるということです。
現在は加工用の役割が半分以下になっていますが、加工用は主として澱粉原料、アルコール原料で、飼料用は非常に少なくなっています。ジャガイモの大半は北海道で生産され、加工用の役割を果たしているものもかなりあります。その他の地域では大体食料として生産しています。
◇「男爵」と「メークイン」が主要品種
ジャガイモは「男爵」と「メークイン」が主要品種になっています。どちらも海外から導入され日本に順化したものです。その後、多くの品種が育成されましたが、一番多いのは「男爵」、次に「メークイン」、年が経つにつれてその他の品種が増えています。それらが新しく育成されて増えてきたものです。
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メークイン 北海道 芽室町 |
男爵 北海道 JAようてい |
春植えのジャガイモは「男爵」がほぼ50%、「メークイン」が20%、「紅まる」が10%くらいです。それでジャガイモのほとんどを占めています。
これに対して秋植えでは、「男爵」「紅まる」がなくなり、新しく育成された品種が入っています。ただし、作付比率からすると、春植えが11万haあるのに対し、秋植えは4600haしかなく、ジャガイモでは圧倒的に「男爵」と「メークイン」の比重が高いということになります。
品種の大半は国立あるいは道立北海道農試が中心になって育成しています。また、長崎県は冬どり、春どりジャガイモの大産地で、長崎県で品種改良した独自の品種があります。
「男爵」は澱粉含量が高くホクホクした品種なので煮崩れしやすく、「メークイン」はホクホクさがなくて煮崩れしないのが特徴です。
ジャガイモは涼しい所の作物ですが、最近はかなり暖地でも作られるようになっています。品種のシェアでは、春作は「男爵」が圧倒的に多く、そのほとんどが北海道産です。その他は北海道のシェアが減ってきて南の方のシェアが増えています。
◇ウイルス病

ジャガイモにはウイルス病という怖い病気があります。ウイルス病は株に付き、株からイモに移ります。そのウイルスにかかるとイモの生産ができなくなります。ウイルスの出ないようにするために、世界中いろいろな苦労をしているわけですが、日本の場合は最初にウイルスのついていない原々種を作り、原々種を原種生産をする農家に渡し原種を元にして種イモを大量に作るわけです。大量に作った種イモは種苗業者や種イモ商を通じて一般の農家に渡り、ジャガイモとして生産される。その体系をきちんととっておかないといけません。
種イモの生産管理するのは馬鈴薯原々種農場で、他の人は種イモを生産してはいけないということがきちんと定められているので、ウイルスが出ないのです。
疫病という怖い病気は畑で移るので、疫病対策も非常に大事な仕事になります。近年育成される品種は全部疫病に抵抗性がありますが、一方では農薬をある時期にまいて疫病を抑えるということをします。
◇ポマートはなぜ普及しなかったか
ポマート
ジャガイモ 細胞融合
トマト
かつて話題になった「ポマート」という植物は、ジャガイモ(ポテト)とトマトの細胞を融合させて作った新しい植物です。これが現在のバイオテクノロジーの始まりですが、ジャガイモとトマトの雑種ができるなどということは本来、ありえないことでした。種をつけて掛け合わせしようと思っても絶対にできないからです。
ところが、ドイツの学者がジャガイモとトマトの細胞を培養し培養器の上でくっつけてジャガイモとトマトの雑種を作り、ポテトとトマトの雑種で「ポマート」という名前がつきました。その後、世界中で細胞融合に取り組み、従来考えられなかったような雑種が作られ、新しい植物ができてきました。
本来ならば耐病性などで良い品種があるのに取り込めなかったものが取り込めるのではないかと非常に期待をしたのです。世間一般に、根にジャガイモができて、茎の部分にトマトができる、こんな便利な作物があればという思い込みもあった。けれども、人工的にできたジャガイモもトマトも小さく、とても食べられる代物ではなかったというわけです。
日本でも莫大なお金をかけて研究しましたが、うまくいかず、結局細胞融合は珍しいものを作るという意味では夢があったものの、利用されなくなりました。トマト、ジャガイモ、双方の良い性質が出るのでなく、どちらかというと使い物にならないものがくっついて次世代のものができるという感じでした。本来交配して作れないものの中から珍しい植物が出てきましたが、結局は何も役に立たなかったのです。
遺伝子工学では、各々のもっている遺伝子だけを取り出してきて、別の植物に組み込むことが行われています。そうすると良い性質、良くない性質全部が一緒くたになる心配もなく、新しい遺伝子だけを取り込むことができるというのですが、それだと地球上に存在しない植物(植物自体は地球上に存在するが、本来もっていない遺伝子をもつもの)ができて環境を破壊するのではないかといわれ、日本では栽培されていません。
しかし、現実にアメリカで作っている飼料用トウモロコシや大豆は遺伝子操作をしたものがかなりあり、遺伝子操作はしていないというお墨付きで日本に入ってくるのですが、疑っている人たちはトウモロコシや大豆を大量に処理する時に以前のものが混じって残っていないかと心配していまする。遺伝子組み換えトウモロコシだと除草剤を楽に使えるというのでアメリカでは大々的に取り組んでいますが、日本やEU諸国では遺伝子組み換え食品を規制しています。一番問題なのは、人体にどのような影響があるか、もう一つは環境に対しての影響が大きいのではないかということです。
■サツマイモ
◇サツマイモの呼称いろいろ
サツマイモはヒルガオ科サツマイモ属の植物です。ヒルガオ科は非常に大きな仲間で、アサガオ、ヨルガオなどは花として珍重されています。サツマイモの花はなかなか咲きませんが、アサガオのような花を咲かせます。日本では種がなかなかとれないので、わざわざアサガオのようなものに継ぎ木して花を咲かせ種をとって品種改良をするということをしています。品種改良は種から改良しているわけで、サツマイモも花を咲かして品種改良をしています。
日本では、入ってきた地域によってサツマイモの名前がいろいろ違います。官庁では甘藷ですが、一般的にはサツマイモです。私は九州で育ったので、唐イモと言っていましたが、琉球イモと言う所もあるそうです。中国から琉球経由で鹿児島県(薩摩の国)に伝わったので、薩摩の人たちは唐イモと呼ぶようになったのだと思います。実際にはいろいろなルートから入ってきて作られるようになったのですが、江戸幕府が青木昆陽に命じて作らせたといわれ、昆陽は甘藷先生とも呼ばれています。サツマイモは通ってきた順番により、唐イモ、琉球イモ、トウイモなどと呼ばれ、全体的な言葉としてはサツマイモが使われています。
◇好温性作物
サツマイモの歴史は原産地である新大陸では非常に古く、コロンブスが到達以後にヨーロッパに伝わりましたが、ヨーロッパでは暖かい所で少し作っている程度で、ジャガイモのように本格的な栽培はされていません。日本には8代将軍徳川吉宗がいた前後に入りました。ジャガイモは冷涼性作物ですが、サツマイモは好温性作物で、温度が低い所で作ってもおいしさが出てこないということで、日本では関東から南で栽培されています。
江戸時代に広まったのは、飢饉に強く、乾燥してもよくできる作物だったからです。南の方に餓死者が少なく、北の方に餓死者が多かったのは、サツマイモが作れなかったことが原因であるともいわれました。記録によると北の方でもサツマイモは作っていましたが、生産は少なかったようです。
ジャガイモ同様、食料としてだけでなく、加工原料、飼料用としてもかなり使われてきました。戦争中から戦争直後にかけて日本人が飢えていた頃には最も重要な食料として、大量に作られました。戦争直後から昭和25年くらいにかけては最も生産量が多くなっています。その後、急速に減り、現在は野菜と同じような扱いになっています。
約50%が食料で、その他飼料用、種イモ用、澱粉原料、アルコール原料などは減りつつあります。ジャガイモでは飼料用が減りましたが、サツマイモではわずかに飼料用が残っています。
サツマイモの品種改良は国の機関が担当し、茨城県(つくば)と九州に研究室があり、サツマイモの育種を担当しています。大半が食料に向く品種の育種をしていますが、豚の飼料として品種改良されています。イモを食べるだけでなく、イモのツルも利用できるといった品種もあります。
◇産地と品種
サツマイモの産地は鹿児島県の比重が高いのですが、関東から南に産地があり、北の方はほとんどありません。東北や北海道でサツマイモを作ると大根のようなサツマイモができるといわれますが、これは甘みが上がってこないからです。大きくなるにつれて澱粉を蓄積しておいしくなるのですが、寒い地方では澱粉を蓄積しにくいのです。
サツマイモの品種改良も主として国の機関が担当しています。サツマイモの食用品種は、国の研究所が育成した「紅あずま」が主体です。関東で出回るサツマイモは赤い皮をしていて黄色い果肉が多いのですが、関西から九州にかけては主体は赤皮、黄肉で、そのほか白皮のイモもあれば、白肉のイモもあります。
また、ごく最近の傾向ですが、昔は見ることができなかったような果肉が紫色の品種がかなり出ています。国が育成した品種の中にも赤肉の品種があります。
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主要品種は「紅あずま」ですが、早どりのサツマイモには高系14号がかなり使われ、それがいろいろな名前で出てきています。東京周辺でサツマイモとして有名なのは「紅赤」です。サツマイモの中では一番おいしいといわれ、産地である川越周辺では「川越いも」と呼ばれています。 |
「紅赤」は大変癖があるので、きちんと作らないと生産力が上がりません。欲張ってたくさんとろうと思って肥料をきかすと、ツルはたくさん茂るけれどもイモが肥らない。ツルぼけが起こります。
生産に合った土地で独特の技術を使わないといいものができない。ですから、川越の周辺は「紅赤」の大産地というより、「紅赤」が川越の特産品種になっています。
ジャガイモ同様、サツマイモも主力品種は少なく、育成されていても地方独自の品種になっています。
【質問:半促成と早熟栽培と普通栽培の違いを教えてください】
サツマイモの場合、何(トンネルなど)もかけずに普通に作るのは普通栽培です。早熟栽培は土を温めるためにマルチをかけますが、近頃はほとんどマルチをします。半促成栽培はさらにトンネルをかけます。上にトンネルをかける栽培は徳島や高知辺りで行われていますが、暖かい地方は早く収穫できるのに、さらに早く出荷しようということです。サツマイモは10月から収穫しますが、徳島辺りで作るのは6月頃から出回ります。
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