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■芦澤正和先生の話
■採種について
F1を採るためには、F1を育成するという仕事と、できたものから種を採る仕事が必要になります。今日は採種のことについてお話します。
新しい品種を作り出すこと、品種改良することを育種といいます。育種したものから種を採り、農家の人たちに渡すためには、大量の種が必要になります。大量の種を採れるような採種方法をとらなくてはなりませな。
人工交配すればたいていのものはF1がとれますが、エダマメでは採算ベースにのる(=大量の種を採る)F1を作ることができません。マメ科とキク科(レタス、シュンギクなど)の野菜は、採種としてのF1はないわけです。
固定種とF1の採種の仕方は基本的には全く同じですが、もともとは固定種の種の採り方があり、それをF1の採種が応用している形です。固定種をとるためには、原々々種・原々種→原種をとっていき、一般種子が農家に渡ります。農家の人に種が渡る3〜4代前から元になる種を準備していくわけです。
原々種の採種方法は昭和の初めにほとんど確立されていました。原々々種が必要となる採種については、日本ではダイコンが厳しくいわれていました。ダイコンは形質に対する要求が厳しく、また、一つの莢に2〜4粒しか種が入っていません。たくさん種を採るためには、かなり元の種を増やしていかなければいけないので、こういう体系をとっています。
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なぜこんな面倒なことをするかといえば、農家の人に種を提供し、作ってみて、希望通りの野菜がちゃんと出てこないとだめだからです。収穫したいと思った野菜がとれるような種を確保しなければなりません。
種の量を確保することと、野菜としての斉一性を維持することは、ふつうは逆になります。斉一性を高めれば高めるほど採種量が減っていくということがあります。この両方を満足させるために、こうした厄介な採種をするわけです。いい種で、たくさん採れたとしても、発芽が悪くてはどうしようもないので、発芽は大変重視されます。 |
「発芽率」は100%に近いほどよく、「発芽勢」は一般には7日、厳密には3日間に何%芽が出るかということで、あまり発芽がずれるようでは収穫するときに困ります。最近は要求が厳しくなって発芽勢は時間の単位になっています。半日以内には必ず出てくれなければ困るということになってきています。ですから、種屋さんは、発芽率がよく、発芽勢が高いものを揃えるようになりました。発芽勢への要望が特に厳しくなってきた最大の理由は、接ぎ木が増え、発芽がバラバラだと接ぎ木ができないからです。
種についてはある意味大変難しいことを要求されているわけで、採種をしている人たちは大変気を遣っています。
なぜこんな面倒くさいことをするのかを、一番分かりやすいダイコンで説明します。
ダイコンの種を蒔けば全部長いダイコンにならないと困るわけです。でも、戦争直後には、ひどい場合、丸いダイコンやダイコンの形にならない根だけのものなどが出てきました。そのために揃いがいいという斉一性が要求されます。もう一つは種の量を十分とった上で、発芽率と発芽勢がよくないと困るとなります。一般に、斉一性を確保するためには、ダイコンを農家の人たちが作るのと同じような条件で作ってみて、全部抜いて見て歩き、これにしようというものを決め、それを植え込んで種をとります。
ところが農家の人がダイコンを育てると、ダイコンそのものがある段階を経ると年をとるため、それを植えて種をとろうとすると、株が弱くなり、採種量が少なく種の質も悪いものができてしまいます。一般に、原々々種、原々種を採る時には、生育の進んだもので種を採るので採種量も少なく、種の質も悪くなります。ただし野菜として質は揃っていますから、同じものがとれるようになるのです。
1本からだけ種をとればいいのですが、人間でも近親結婚をすると不都合が生じるように、ダイコンの場合も小範囲で種を採ろうとすると、勢力が非常に弱ってしまいます。大きいのを作ったつもりなのに大きくならないこともあります。
抜いて調べていく中できちんとしたものを1〜2本とればきれいに揃います。しかし、それでは種の採れ方が少なくなるということになります。通常ダイコン、キャベツ、ハクサイなどは最低の単位で100本といわれていて、最低100本位植えて種をとらないと斉一性と勢力を維持することができません。原々種を採る時にも非常に厳しい選抜をし、それで斉一性をきちんと確保すると、次には原種を採ります。
ダイコンの原種を採るときには、中熟母本から採種をします。ふつう、ダイコンは8月末〜9月初めにまきますが、それよりも遅く9月末〜10月に種をまけばよいのです。そうすると比較的勢力が強いものが出て、それを見て良い母本を選んで植えていき、原種をとるわけです。これだと、斉一性のあるものができます。
一般に、農家に手渡しする母本を採る時には、本来ならばもっと遅れた時期に採りますが、それからトウが立って花が咲きます。もともと若くてピチピチしている株ですから、種は大量に採れるし、採れた種の質も非常によいということです。種を採る時には3〜4株同じところにまいていけばいいわけです。
ところが、これをやり損なう、いい加減にすると、なんだこれはというようなものが出てきます。それで、一般農家に渡る種を採る時には、原々種、原種といったところで、質は保持されているので、後は一般採で種を採って良い種を採るということをして種が流通に回ってきます。基本的にはみなこういう考え方です。これが新しく育成される場合の採種体系です。
それぞれの種屋さんは外国と契約し、ほとんど全部外国で種を採ります。キャベツやハクサイは、きちんと球にならなければいけないので、まず株を見て原々種を採ります。それから球になるものの中から原種を採る、次に球にならない葉があるだけの若いものを植えて種をとる。大体はこういう形です。けれども、元は保証してありますから、これから種をとっても変なものは出てきません。かつてこれがきちんとしていなかった時にはキャベツを作ったはずなのに、一つも玉にならなかったなどということがありました。
これは固定種の種の取り方です。
F1の種の採り方も基本的には同じ考え方です。
AとBがあって同じ考え方で採種をし、最後にこの種を採るときにAとBを混植して掛け合わせ、種が採れるということです。
これが採種の基本的な考え方です。大変矛盾した話ですが、ダイコンやキャベツのようなものは片方で雑種性を残しながら、片方で斉一性を保つ、その両方をうまく統一するために、この体系をとっています。少なくても3〜4年前に原々種が採種されているわけです。
最近F1を嫌って自分で種を採ろうという人がいますが、そのときにはこれを守らないと採るはずのものが採れないということになります。
■ナス
ナス科の中には大きなものとしては次のようなものがあります。
ナス
トマト
ピーマン、トウガラシ 新大陸
ジャガイモ
食用ホオズキ
大体は新大陸が原産地で、ナスはバングラディシュ、東インド原産といわれています。
現在、植物の分類で使われているのは形態分類で、植物の形を見て何科だと分けていきます。一般には、生殖器官でみるのが分類の基礎になっています。花はみんな同じ形をしていて星形をしていますが、花の切れ込みや、色、筋のあるなしなどで分けていきます。日本で見られるナスは薄紫色(単花)、トマトは黄色い花(下房)、ピーマン、トウガラシは白い花、ジャガイモは黄色いトマトによく似た花ですが、観賞用の紫の花もあります。
最近はDNA解析をしていって調べますが、DNAの解析をしていくと、科が同じかとか、近いか遠いかが分かってきます。科の下は属、属の下は種です。ナスとトマトは属が違うが、科は同じ。ジャガイモはナスと属が同じで種が違う。ピーマンとトウガラシは種が同じですが、その下の段階で違いがあります。ピーマンは辛味がなく、トウガラシはいろいろな辛味があります。
ナス属 ナス
ジャガイモ
ナスはナス科ナス属です。
ナスは東南アジアの原産ですが、ナスの元になる、ナスに近いけれどもナスじゃないナスが東南アジアに行くと市場にたくさん出ています。そんなものからだんだんと分化して現在のナスが生まれたのだろうといわれています。ナスは特に東南アジア、東アジアの方で発達していろいろなものがありますが、ヨーロッパに伝わってヨーロッパでは大事な野菜になりましたが、好温性なのでヨーロッパの温暖地、フランス南部からイタリアにかけてはナスのいいものがありますが、日本のものとはタイプが違います。米ナスはヨーロッパ型のナスで、典型的なのはヘタが全然違い、緑色をしています。日本のナスは必ず紫色で、これは決定的な違いです。それだけでなく、ナスは大きさも形も違いがあります。日本人は真っ黒いのを好みます。
ナスがヨーロッパで発達しなかった理由は、ナスは「好、温 性」で、暖かい条件を好むので、ヨーロッパの北の方では温度が不足し、いいものができず、収量も少なかったからです。南ヨーロッパにはヨーロッパ型、アジアでは東アジアにいろいろなタイプのものが発達しています。日本にもごくわずかに青ナスを使う地帯があり、埼玉県のある地域では青ナスがないと行事が成り立たないほどです。日本のナスは黒が中心です。白い品種もあり、北陸の方には紫色の品種があります。ナスのきわめて特異的なことは、日本にはナスの形がいろいろあって地域によって違うことです。
小卵
×卵
○中長−長卵 現在の主流
長 九州はこれ
大長 北陸・近畿
丸
巾着
卵型のナスはほとんどなくなりましたが、関東が中心でした。
中長は関西、長ナスは中国・四国、大長は九州地方です。地域的な偏りが非常に強かったのですが、最近は中長より少し短い形に変わり、「千両二号」が全国を制覇しました。中長から長のタイプのナスは関西から中国にあるのですが、関東の卵形を飛び越して東北に中長型があります。北陸・関西には丸があります。東海から関西にかけては中長、さらに南に行くと長・大長という品種分布でしたが、最近は中長型が中心になりました。北陸一円はナスの消費量が日本で飛び抜けて多く、特に新潟県はナス食い県といわれるぐらいナスを食べます。一般的なナスのほか、変わったタイプのナス、たとえば「鉛筆ナス」などもあります。
かつてハウス栽培がはやった時に、ビニールの種類で着色が変わってくるということが分かりました。ビニールを透過する光線で色が悪くなるのでナスを作る時には上に張るビニールを考えなければいけなかったのです。現在は初めから農業用ビニールが作られていますが、かつては色が出ないという騒ぎがよく起こりました。
ナスは早熟栽培にいちはやく取り組みました。17世紀、江戸時代末、生ゴミを土に埋め込むと熱を出すので、早く熟して出荷が可能と分かり、ナスの旬は初夏から夏にかけてですが、晩春から出荷できるようにして金持ちが食べていたのです。料亭では小判を出して食べたなどという話があるほどで、奢侈禁止令が出たときに槍玉にあげられました。
日本人は人より少し早い、あるいは人より少し遅く食べるのが好きで、女房を質に入れても食うという話がありました(これはカツオの話)。
ナスは普通栽培があって、以下のような栽培方法があります。
促成←半促成←早熟←普通→抑制
奢侈禁止令が出たときは早熟、温床栽培をしていました。
障子
油紙→ビニール
踏込み→トンネルハウス
土の中に生ゴミを入れると熱が出るのを利用したのですが、そのうちに馬糞などを埋め込んで発酵させ、その熱を利用して早熟栽培を始めました。温床を作り、障子の板を張って、現在のビニールの代わりに油紙を貼ったものを用いたのです。これがビニールに代わり、ハウス栽培に発達してきました。
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油紙は和紙に油を敷いて水に強くしたものです。油紙をしまう時にこすると熱が出るので、注意しなければならず、昔は農家でよく火事があったそうです。
段木に障子をのせ、温度の上げ下げを調整します。障子を1段上げると、空気が入ってきて中の温度が下がるといった仕組みでした。 |
■エダマメ
大豆の若採りをしたのがエダマメですが、どれもこれも若採りしたらエダマメになるかといえばそうではなく、近年エダマメはエダマメの品種として発達しています。大豆には品種として夏の大豆と秋の大豆があり、ふつうエダマメとして使っていたのは夏の大豆です。秋の大豆だとずっと後に収穫できます。
最近、地方品種として各地の地豆がエダマメとして脚光を浴びていますが、エダマメとして大事なのは、莢の中によい粒が3粒入って、空莢がないということです。それを目標に品種改良されてきました。地方品種として出ているものの中では莢の中の豆の入りがかなり悪いものが多い。うっかり手を入れようとすると地方品種のよさが失われることになります。空莢あるいは1粒しか入っていないものが結構あります。最近エダマメは一年中出てきますが、本来は夏の風物詩だったわけで、しかも、エダマメは枝付きの形で出すのが本来のエダマメで、ビールのつまみにするために莢をとって豆だけをだすのは邪道なわけです。一年中出荷されるようになったといっても、東京市場への入荷を見ると真夏が飛び抜けて多くなっています。
台湾の高尾に行ったとき、海岸からかなり離れた所でビーチバラソルを立てて作業をしているので見に行ったら、エダマメの莢だけを袋に詰めていました。どうするのかときくと「日本の人が食べるのでしょう」と笑っていました。収穫したものが冷凍されて日本にきているのです。夏は国内産の地豆が大事にされていますが、周年的に利用するとなると海外のものをかなり利用します。 |